■何でもいっちょ噛みお妙さん「第85訓」
(どんなネタでもお妙さんを絡めて妄想する荒業、ネタバレを含みますのでご注意)
ブラコンお妙さんは負けず嫌いだといいと思う
(2005/09/16)
茹だるような夏の終わりを思わせる、朝の清々しい風が窓から入り込んで蒲団の上でいつまでも目蕩んでいる銀時の髪を撫でてゆく。昨晩のアルコールはすっかり浄化されていたが、二日酔いの時と同じ、いつまでも寝ていたい気がしている。
そんな、ある意味”気持ちのいい”倦怠感など知らない神楽は朝から「ご飯ご飯」と元気に騒いでいたが、頭から蒲団を被って無視し続けると、諦めたのか、定春を伴って万事屋を出て行った。定春を散歩させて銀時が起きるのを待つか、若しくは新八のところへ朝飯をご馳走になりに行ったか、のどちらかだと察しがついている銀時は少しも慌てずにそのまま再び眠りの淵に落ちてゆく。気持ちがいい、一日中、ゴロゴロダラダラしていたい。銀時は、蒲団に身体を巻きつけるようにして抱きつきながら、だらしの無い笑顔を浮かべている。
定春の散歩なら当分神楽は帰っては来ないだろう。新八だって出勤してくるにはまだ少し時間がある。どちらが先に――いや、神楽が新八のところへ行っているのなら一緒に帰って来ることもアリだろうが、取り合えず、誰かに起こされるまではこうして寝ていよう、と。銀時は思いながら大きな欠伸を一つ、した。
どれ位目蕩んでいたのかは分からなかったが、枕もとの時計を手繰り寄せてわざわざ確認するのも面倒だった。閉じた目蓋から滲む陽の光を眩しく感じている。窓から流れ込む風はまだひんやりとして気持ちよかったが、背中に何か温かいものを感じて寝返りをうった。背中に寄り添った柔らかいものの正体が腕の中に抱いていた掛け蒲団かと思いながら振り返る途中、微かに開いた目蓋の向こうに、遠くへ投げ出した掛け布団が見えた。抱いているうちに暑くなって向こうへ投げ出したのだと理解する――が。なら、背中にある温もりは何だろう、と思う。もしそれが定春なら過剰なくらいの生臭い吐息が鼻を突くだろうし、神楽はいくら寝惚けていても寝場所を間違えることは無いし、二度寝をするくらいなら外へと遊びに出るだろう。なら背中で寝ているのは新八か、アイツなら時々ココで寝ているから有り得るな、と思いながら寝返りを打って目蓋を開く。
「あー、なんだ、新八かと思ったらお妙じゃねぇか」
「まさか姉弟だから似てるよね、なんていうのかな、雰囲気とか、あと、新八もああ見えてメガネ外すと意外といい男だったりするしね」と。一気に喋った銀時は生唾を飲み込むと、開いた目蓋を二三度瞬かせてから意味不明な言葉を叫んだ。
「え、あ、ちょ、な、何してんのォォオ!?」
驚きのあまり反動で半身を起こした銀時が、目を見開いて蒲団の上に横になっている妙を見下ろしている。
万事屋の長椅子に座っているのなら何の不思議も無いいつも通りの妙が、けれど今、銀時の煎餅蒲団の上で身体を横たえている。きちんと着物を着込み、結い上げた髪は整えられている。そのまま大江戸ストアーまで充分出かけられる仕度を整えた妙はけれど、その身形には凡そ一番似つかわしくない場所で身体を横たえている。
「……な、なに、どうかしたの、何かの緊急事態か何か?」
半身を起こしたまま、目を瞬かせて必死に状況を飲み込もうとする銀時が尋ねるが、妙は細い指先を口元に押し付けて「しーっ、静かに」と、言ったきり、睨むように銀時を見上げている。
「は?」
「なに、誰かに追われてるの?ん?またあのゴリラに?……え?違う?なら何だよ、全然銀さんには分からないんですけど」と。言って困り果てた銀時を、妙が白い掌をヒラヒラと動かして「おいでおいで」と誘う。
「……マジでか」
ごくり、と喉仏を上下させて、短く呟いた銀時が妙に向き直る。
「あ、でも、こういうのはまず気持ちを確かめ合ったりとか、取り合えずそういう事をする前にデートとか食事とかしてムードを盛り上げたりとか、ほら、意味も無く夜景を見に行ったりとかさ、最初だから気合入れて奮発して高級ホテルに泊まったりとか、恥ずかしいから一泊旅行に託けたりとか……」
「そういうの、あの、オレは別にいいんだけど、女の子は気にするんじゃないの」と、続ける銀時の胸座を妙は掴むと、そのまま一気に銀時を蒲団の上に引き倒す。
「ちょ、え、待っ……!あ、いや、心の準備とかそんなんじゃないけどオレ昨日風呂に入って無……!」
と。驚いて目を瞬かせる銀時を蒲団に組み伏すと、妙は銀時の口を掌で覆って強引に封じる。
「少し黙ってろ、天パヤロー」
ぐっと体重を乗せて銀時を組み伏した妙が、上から覗き込むようにして銀時を睨みつけながら低い声で囁いた。
「なに勝手に盛り上がってんのよ、人の話をちゃんと聞きなさい」
銀時が静かになったのを見計らって、妙は銀時から離れて再び蒲団の上に横になった。銀時はまた半身を起こそうとしたが、妙に襟元を掴まれてそのまま並ぶようにして身体を横たえる。
「……で、どんな話なんですか」
シングルの蒲団の上に若い男女が二人で並んで身体を横たえている。どう考えても可笑しな状況だが、肩が触れ合うくらいに身体を寄せているとは言え、向かい合って見詰め合うどころか、それぞれに天井を見上げていて色気も何もあったものではない。
「ほら、この前の、新ちゃんの彼女騒動があったでしょ」
「あー、あれは凄かったよね、お妙のブラコンぶりには正直引いちゃったよ、いや、マジで」
「そんなのは別にどうでもいいのよ、問題はソコじゃなくて」
「え、他に何か問題が?」
「ほら、ワタシだけあんなに新ちゃんの心配して口惜しいじゃない」
「……はぁ?」
「だからね、ワタシばっかり心配してあげてるのが口惜しいのよ!」
「……もしもし、何か悪いものでも食べましたか」
「……」
「う、嘘です、軽い冗談です、脇腹は止めてください、すいませんでした……で?」
「だから、新ちゃんにも少しは心配させてやらなきゃって」
「……?」
「でね、新ちゃんが『おはようございまーす』って出勤してきたらどっきりびっくり作戦を決行することにしたの」
「……はい?」
「だから、新ちゃんが『おはようございます、銀さん』って襖を開けたら、銀さんの蒲団にワタシが寝てるっていう」
「はぁ」
「新ちゃんがまだ起きる前に家を出てきたの、新ちゃんが寝てる間に家をこっそり抜け出した姉は銀さんと寝てたんですねっていう作戦だから」
「ふーん」
「何他人事みたいな相槌打ってんのよ、銀さんも共犯者なんだからもっとやる気を出して貰わなきゃ困るわ」
「え、でも、やる気ならさっき出しちゃっ……あ、だから脇腹は止めて、本気で痛いから」
「もうっ、愚図愚図してる暇は無いのよ、多分もう直ぐ出勤して来るんでしょ、新ちゃん?」
「だからなに、新八をびっくりさせればいいのか?」
「びっくりっていうか、まぁ、正確に言えば心配させればいいの」
「心配ねぇ……」
「あら、だから銀さんを選んだのよ、銀さんが相手だと頭ごなしに否定するじゃない、あの子」
「……」
「だからきっと効果テキメンだと思うの、この作戦は」
「……ちぇっ」
小さく舌打ちをして、見飽きた天井から視線を移して何の気も無しに傍らの妙を振り返る。妙はまだ天井を見上げていたが、銀時の視線に気づいたのか、首を少しだけ動かして振り返った。
目が合うと、何かに導かれるようにして身体を妙の方へと横向けた。
「……でも、服を着たまんまじゃどうかな」
「あんまり意味が無いんじゃないか?」と、続ける銀時が言うが早いか寝間着に手をかけて上半身を晒す。突然のことに妙は「え」とだけ声を上げて顔を逸らしたが、直ぐに思いなおすとおずおずと銀時を振り返る。
「ど、どうしたの、急に?」
「だって新八にダメージを与えたいんだろ?だったらこのままじゃ甘いね、オレさ、前にほら、なんだっけ、始末屋のさっちゃんが天井からオレが寝てる蒲団の上に落ちてきたことがあったんだけど、それを新八に見られてさ、最初は疑われたけどでも、服着てたし、天井が破れてたし、あ、なんだ、銀さんの言うとおり何も無かったんですねって直ぐに疑いが晴れたわけ。だからな、服を着てたらそんなに疑う事は無いんじゃないかって、あいつだってバカじゃねぇ、前回の例と照らし合わせて思うかもしれねぇだろ」
「……そうかしら?」
「そうだよ、だって大好きな姉上が銀さんと出来てるなんて思いたくねぇもんよー、必死に否定するだろうから『服着てるから嘘じゃないんですか』って直ぐに見破っちゃうよ?」
「……そう言われてみればそんな気も……」
「だろ?だからお妙も脱いでおいた方がいいんじゃねぇのか」
「そ、それは、でも……」
「なんだよ、新八を心配させてーんだろー、やる気を出せって言って気合を入れたのはそっちじゃねーか」
「だ、だったら少し帯を解くってのでどうかしら」
「はぁ?……まぁチラリズムってのも究極のエロスだからな、裸より服着てる時に見えるチラチラが堪んないって言うしね、ならそれでいいけど、でも胸元を少し開いとけよ、”乱れちゃった”みたいなカンジでよー」
そ、そうなの、と小さく呟いて、妙は一旦蒲団から出ると自分で帯を解く。そうして帯を何処へ置こうか迷っていると、「慌てて脱ぎましたってカンジで蒲団の足元あたりに投げておくとリアルかも」という銀時のアドバイスを受けて、蒲団の下の方へ纏めておいた。
そして再び蒲団へ横になった妙の胸元を銀時がじっと見ている。「あー、ダメダメ、少し乱しておかないと」と。銀時に言われて少しだけ、襦袢ごと胸元を開いた。
「……で、体勢はどうする」
立てた肘に頭を乗せ、妙を見下ろすように見詰める銀時が至極真面目な様子で尋ねる。
「肩を並べて天井を見上げてたんじゃ仲良しの昼寝みたいじゃねーか、そうじゃねーだろ、新八にショックを与える為にはもっとディープな関係を演出しなきゃダメだろう?」
「……そ、そうね」
「まぁ一番は『お取り込み中です』ってカンジの、もうなんつーの、こう……」
「いい、説明しなくていい、聞きたくない!べ、別にソコまでしなくてもいいのよ、別にワタシは……」
「あ、なに、巻き込んでやる気にさせておいてそれはないんじゃないの」
「そ、それはそうだけど」
「オレも別にそこまでしようって言ってるんじゃねーのよ、ただ、そういう雰囲気を匂わせる為にも、こう、肩を並べて寝てるんじゃなくて、抱き合って寝てるとか、お妙をオレが組み伏してるとかだな……」
例えばこんな風に、と言って腕を回した銀時が、妙を引き寄せる。途端に妙が平手で銀時の頬を打つと、腕を突っ張って胸を押し返し、抱き寄せられるのを拒んだ。
「……こんなカップルが何処に居るんですか」
「優しく抱き寄せる彼氏をビンタって何、どんなプレイですか」と続けて、不貞腐れる銀時が妙から手を離す。
「人が折角協力してやってんのに」と。頬を押さえながら呟く銀時を、妙は罰が悪そうに横目で見ている。
「ご、ゴメンなさい、つい……」
「ゴメンじゃねーよ、でもならアレだな、横がイヤなら上下にするか、お妙が下でオレが上、これは絵的にもかなりのショックだと思うよね、だって何か本番に似て……って、もう殴るのは止めようよね、ラブラブなのに銀さんのほっぺが赤く腫れてたら可笑しいでしょ、変な趣味を疑われるから」
「……じゃあワタシは黙って寝てるだけでいいのね?」
「あー、そうそう、そんでオレがお妙を組み伏してるっていう構図は結構キツイと思うよね」
「……そう?」
「そーだよ、だって本番みたいじゃん……っていってー、だから殴るなって言ってんじゃねーか、あーあ、銀さんのほっぺが真っ赤だよ、あ、やばいよ、鼻血まで出ちゃったよ、なんだか凄く厭らしい絵になっちゃうよ、だって上になってる銀さんが鼻血って……あー」
「もう、鼻にティッシュでも詰めておいてよ、ワタシの顔に垂らさないで、絶対よ、垂れたら殴るから」
「いやいやいや、誰のせいで鼻血が出てるんですか、なのにまた殴るってどうよ?」
「どうでもいいじゃない、そんなの。それよりもう直ぐ新ちゃんが来るんじゃないかしら」
「どうでも良くねーけどそうかもな、そろそろ来る頃かもしんねーな」
「なら、このまま待てばいいのね」
「うん、まぁ、そうなんだけど……」
「……そうなんだけど?」
「念のためにキスするフリもしとくか、念には念を入れて」
「とか何とか言って、本当にキスするつもりじゃないでしょーね、厭らしい」
「ば、ばか、そんなんじゃねーっつーの、どれだけ自意識過剰なんだよ、フリだよフリ、ドラマとかでよくやってるだろーが」
「とか何とか言っちゃって」
「とか何とかじゃねーよ、こう、角度とかで本当にキスしてるみたいに見えるヤツ、あるだろ?新八がそこの襖を開けたらそんな風に見えるようにしとくの、驚くし、もしかしたら新八ショックで倒れるかも」
「……あそこの襖からキスしてるように見える角度なんて分かるの?」
「んー……多分」
お早う御座いまーす!という元気な声が万事屋の中に響き渡る。銀さん、まだ寝てるんですか、もういい加減起きて下さいよ、と案の定襖を開いた新八の目に、銀時に組み伏された妙が飛び込んでくる。驚きに身体が凍りつき、逃げ出したくても逃げられないでいる新八の目は、釘で打たれてしまったかのように二人を捉えて離さない。妙の乱れた着物の胸元が大きく膨らんで潰れる。重なり合う唇がそれに合わせるようにしてゆっくりと離されると途端に、妙の平手が銀時の頬を打って大きな音を立てた。
「何が”フリ”よ、しかも舌入れてくるなんて信じられないっ」
憤る妙が足元の帯を拾い上げると、驚いて固まっている新八の横を早足で通り抜ける。
「新ちゃんはもっと早く出勤しなさい、来るのが遅いのよっ」
と。耳まで真っ赤に染めた姉が吐き捨てた言葉を新八はぼうっと耳に残しながら、視線の先で頬を押さえた銀時の鼻から滴り落ちた赤い血を眺めている。
「――お妙の作戦は取り合えず成功みたいだな」と。言って銀時は口尻を上げたが、打たれた頬が痛くて直ぐに顔を歪めた。
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