食料を買い込んで恋人の家に行くと、ハボックは超特急で食事の準備をはじめた。
ベーコンと塩コショウで味付けをしたスープに、一口大に切った人参を入れる。あとは仕上げのレタスを入れたら、スープの完成だ。
そして、豚肉に下味をつけて焼くだけにして、つけあわせのパプリカとキャベツを刻む。
皿を用意して、時計を見る。
まだ夜の八時だ。
今までの経験からすると、あと一時間はロイは仕事から解放されないはずだ。
部屋の掃除をざっとして、テーブルも拭いた。
あとは主を迎えるだけ。
火の元をチェックして、ハボックは外へ出た。
ソレは信じれば、無敵の弾丸
ハボックとブレダが整理をしてくれていたおかげで、ロイの書類の処理スピードは格段にアップした。
そして、なにより、自身の満ち溢れる気力に背中を押されて、日々の業務は滞りなく進み、年末にかけて天候が悪化した影響からか、余計な仕事が舞い込んでく
ることもなく、彼は、この束を始末すれば帰宅できることになっていた。
今日は年越しだ。恋人はすでに帰宅している。
ハボックの噂も、玉砕したという噂とともに煙草が復活することによって、徐々に消えていった。
万事、順調で、ロイはとても機嫌よく仕事をこなし、ホークアイの眼光も柔らかだった。
「では、明日はすまないが…」
ホークアイに書類をチェックしてもらっている間に、逸る気持ちでロイはコートを着込んだ。
「いえ。お疲れ様です。ゆっくりなさってください」
「ああ。来年もよろしく頼む」
「はい。よろしくお願いします」
ホークアイとは入れ替わりで、何事もなければ5日ほど顔を合わさない予定だ。
年越しを司令部で迎える面々にねぎらいの言葉をかけながら出入り口へ向かうと、用意された車の前には、ハボックがいた。
「あ、大佐」
「…なぜお前がここに」
先にロイの家にいるはずの恋人を睨むと、彼は携帯灰皿で煙草の火をもみ消してくしゃりと笑った。
「忘れ物したんで。送りますよ」
「勤務時間外だろ」
「はぁ。でも、もう部下追い払っちまいましたし」
「…」
「どうぞ」
ドアを開けられても、ロイは車に乗り込むのを渋った。
この車を戻しに彼は再び司令部に行かなければならないのに。
なにを考えているのか。
ハボックとの年越しを楽しみにがんばってしまったロイは、むっつりと黙り込んだ。
「大佐、勝手なことして怒ってます?」
「…」
「早くあんたに会いたくて、きちゃいました」
「ばっ…」
のぞきこむようにハボックが顔を近づけてくる。
ロイは思わずその顔を押しのけ、さっと車内に滑り込んだ。
続いて、ハボックが運転席に座る。
「今日の夕飯は、肉ですよ。これ返してくる間に先に風呂入っててくださいね」
のんびりと言うハボックに、ロイは、長い息を吐いた。
ロイの家は、司令部からほど近い。ハボックが車を戻しにいってもそう時間はかからないだろう。
部下に送ってもらった場合、家に明かりがついているのを見られてしまうし、それに、なにより先にハボックが迎えにきてくれたことを喜ぶべきだった。
頭に血が上りやすいのも恋愛の醍醐味だが、もう少し冷静にならなければいらぬ諍いを増やしてしまいそうで怖いと思った。
「…なに大きいため息をついてんですか」
「私はもう少し自惚れればいいのかな…」
「え、そんなそれ以上?」
「言うようになったじゃないか、ハボック」
「あー、あの。あんまりうっとしかったら言ってください。来たこと、いやでした?俺、あんたの世話をするの好きなんで、やめられそうにはないんですけど、
ちょっとは控えるとか…」
100%自分ひとりの手でロイを守れると思っているわけじゃない。
ただ、ハボックは、できるならそばにいるのは自分でありたいと思っている。
あの日以来、ハボックとロイは、お互いの話を少しずつするようになった。
そして、ロイが、ハボックの想像よりもずっと他人に神経を使う性格だとわかった。
それは、あまりハボックに対しては発揮されないわけだが、それはソレで特別だと思えるのは、惚れた弱味というものだ。
「いや。確かにさきほどは腹をたてたが、素直になれば喜ぶべきことだった。恋人が職場に迎えにきてくれたんだからな」
「恋人…。恋人ですもんね!俺たち」
ハンドルを握るハボックの顔が緩む。
背中越しでも、その様子がわかり、ロイはくすりと笑った。
ハボックを好きな自分を認めてから、ロイは少し楽になった。
「お前は、また振られたことになっているがね」
「それ、あんたが言いふらしたんでしょっ」
「なんだ、ばれていたのか」
「俺はもう毎日可哀相なものを見る目で見られてんですからね」
「まあ、がんばれ」
「あんた…」
「私は知っているよ、ハボック。お前の恋人が誰かということを」
ロイがそう言うと、そうなんですけど。…なんかうまく丸め込まれた気分とハボックが唸った。
車から降りると、明かりのない部屋が目に入る。
だけど、ハボックに距離を置かれていたときとは違い、ロイの心は幸福に包まれていた。
隣には、彼がいる。
「じゃあ、ちょっと、車戻してきます。ごめんなさい。わかってたんですけど、あんたが心配で」
玄関でキスを交わして、ハボックは言った。
「ああ、早く帰ってこい」
「はい、いってきます」
その背中を見送り、ロイは制服の上着を脱いだ。
台所を覗くと、ほとんど準備はできていた。
お茶を入れるための湯をわかし、ロイは、ハボックを待つことにした。
風呂は一緒に入ろうというつもりだ。
これから、ロイはハボックのただの恋人になる。甘ったれたことを言ってもいいのだ。
人の噂に惑わされたり、相手の気持ち、自分の心すら、時には見えなくなり、苦しむことがある。
自身を取り巻く環境や状況、はては体調の問題、そういうものにだって、簡単に左右される。
だけど、それに負けるのは悔しい。たくさんの困難に打ち勝つのも、結局、互いの気持ちだ。
こんな恋などしたことがないから、これからもたくさん揺れてはしまうだろうけれど、もうその覚悟はできている。この恋心を抱えたまま、いきつくところまで
いきたいと思う。
まずは、ハボックが帰ってきたら、おかえりを言おう。
fin
fatop
(08.3.5)
完結まで一年以上かかりましたが、無事終わることができました。
お付き合いくださった方、ありがとうございました!
小林