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ロイ・マスタングは焦っていた。




 

右にモップ、左にドッグ



 


私は誘惑に勝てず、本来の目的とは違うことに没頭して一日をすごしてしまった。
突然片付けたくなるあの衝動は、一体なんだというのか。

途中で埋もれていた書籍を発見して読みふけっては時間がすぎていて、また慌てて掃除をはじめる。本日は朝からその繰り返しだった。
部屋が美しくなることには違いなく、無意味ではないが、今日やるべきことではなかった。その事実にほどなくして気がついたが、私は引き返さなかった。い や、正直にいえば、引き返せなかった。このままどこかの戸棚に全部ぶちこんで終了としてしまうことも不可能だと思ったので。

そして、私は結構がんばった。しかし、日が落ちても、私の部屋は生まれ変わらなかった。

時間を気にする余裕はないが、 ちらりと時計を見あげる。

作業は遅々として進まない。
長い間かけて蓄積されたものは一朝一夕で解決するものではなく、片付けているのだか、散らかしているのか、すでにわからないほどに、特に本が散乱してし まっている。このままの状態で犬に見つかってしまえば不都合が生じる。私は、焦っていた

もうすぐ、飼い犬の散歩の時間になってしまう。

これを断ったら、あとが大変だ。なぜならば、私は昨日犬の散歩の義務を放棄した。粘る犬を犬小屋へと追い出した。

私が主人であるには違いないが、あまりにもないがしろにすれば犬も反乱を起こすだ ろう。機嫌を取るのも一苦労だ。あれはああ見えて、一度へそをまげると長い。その労力に比べれば、きっと今がんばったほうがいいだろう。わかっている。わ かっているが、もう、どこをどうすればいいのかわからない。

「たいさぁ」

のんびりとした声の主が窓から顔をのぞかせた。
しまった。カーテンを引いていなかった。
隠す間もなく、中の惨状は見られてしまったことだろう。
すまないハボック、散歩どころではないんだ。
 
そう思ったが、口には出せず、私は窓を開けた。

「電気もつけずになにやってるんすか」
 
「忙しかったんだ」

「はあ、そうですか」

「まあ、いい。今日はなにを食べたい」

「え、いや、あんた、研究は?っていうかこの部屋放置?」
 
「…そう細かいことを言うな」

「細かくないし!なにがどうしてこうなるんですか」
 
「資料を探していてな、こうなった」

「それで見つかったんですか」

「あぁ、幸い探し始めてすぐに」

「あんた…」

「なんだその哀れみの目は!」

「いや、もうあんたらしくて涙が出そうです」

あがらせてもらいますよと、ハボックは玄関先にまわっていった。
鍵を預けてあるので、出迎えはせずに、すっかり汚れたシャツを脱いだ。

「おぉ、熱烈大歓迎ですね」

「言ってろ」

「…あんたんち、収納能力ものすごかったんですね」

「もうどこをどうしていいのかわからん」

「でも、業者呼ぶのも怖いですよね」

盗聴器とか爆弾とかしかけられそうと、さらりと物騒なことをハボックは言った。

「追い討ちをかけるな!」

「意見を述べただけですって」

汚れたシャツで叩かんでくださいと、ハボックは私の攻撃をひょいとよけた。

それにしても、傍目には、なぜかハボックは機嫌がよさそうだった。

昨日は結構むくれて帰っていったというのに。
今日の散歩を楽しみにしていると思っていたのに。

私の家の惨状を見て、これは出かけられませんねぇとのんびり構えている。

「…怒っているんだろう。帰っていいぞ。後日この埋め合わせを約束する」

「へ?ああ…まあ、試験前に部屋を片付け始めるやつっていますよね。そんな感じかなあと。しかも収拾つかなくなってるとこがあんたらしいです」

「おい」

「怒ってませんよ。それと、次いつかわからないので、帰されるのはいやです」

「う…」

私も、この犬も多忙だ。
月に一度あればいい一緒の休日だというのに、うまく使えず、悪かったと思っている。
私にはハボックを突っぱねる言葉が出てこなかった。

「手伝います。あんたはまずやるべきことをやっちまってください」

「しかし、それでは」

「部屋がきれいになるのはいいですけどね、あんたのベッドに潜り込みたいのを昨日は我慢したんです。成果を出してください。そんで、風呂はいってメシ食い にいきましょう」

ほっぺた汚れてますよと、ハボックの大きな手のひらが伸びてくる。
確かに私は埃まみれに違いない。
このまま外に出るなど、とんでもなかった。

「お前の言うとおりだな。多少時間がかかるが風呂も入ろう。このなりではお嬢さんがたの前に出られん」

「それですか」

「なに、私だけならさほどでもない。お前は帰宅後あとでゆっくりするといい」

「え、俺だって入りたいですよ。俺を洗ってくださいよ」

「なにをさりげなく要求してるんだ、お前」

ハボックのくせにといいかけて、今日は分が悪いことを悟る。

「…弱みにつけこまれている気がする」

「いやいや、俺だってかわいそうでしょ。さ、そういうわけで、がんばりますね」

結局ハボックが部屋を片付け、外食できる時間でもなくなったので、ありあわせの材料で魔法みたいな食事を作ってくれた。
私はその間に必死に研究成果をまとめあげることができた。
 








私の犬は本当によくできた子だと実感した日だった。
風呂場では駄々っ子だったがね。














fin



(08.2.18)