095. 双子たちの再会




 内郭の方へ見物に行くという旅人達を送り出した後は、する事がなかった。書庫でエオローと話して、出て来て見ればフロスティもエルディもいないのだ。今までは遠慮して白雪の眠る地下へ降りた事はなかったけれども、一度エルディに頼んで会わせて貰おうと考えた所だっただけに、リーヴは出鼻を挫かれたような気分で誰もいない応接間の長椅子に腰かけた。
 ここにいるとする事がない。フロスティともども転がり込んでからこれでもう数日経つが、その間、リーヴの手を経る出来事などほぼないに等しかった。一言で言ってしまえば暇なのだ、と自らに確認するように思う。
 これは少しばかり新鮮な感覚だったが、新鮮なだけに衰えるのも早く、さすがに少々飽きて来た。元々待つ事は苦にならないので構わないのだが、手持ち無沙汰だからといって勝手に館の中をいじるのは気が進まない。かといって主人も客も全員が出払っているのにリーヴまでが外へ出て無人にしてしまうのも心許ない。
 仕方なく、空の部屋へ行こうと思いついて立ち上がった。あの部屋なら、眺めているだけで時間が過ぎてしまうようなものがいくらでもある。
 足音を吸い込む絨毯敷きの廊下。間取りや細かな設えがどことなく賢者の館に似ている。古い時代の建物なのだろう。心の底が落ち着いていく感覚。
 降り積もった色んなものが抜け落ちていく――ふとそう思って小首を傾げた。抜け落ちる、のではない。身体の内で濾過されて、あるべき場所へ収まっていく。めまぐるしく得た旅の記憶が、知識に変換されて刻み込まれる。
 それは緩やかに行われる作業だ。緩やかに、穏やかに、そしてどこか心地よい。
 久々に得た古い時代の気配が、リーヴの気を落ち着かせているらしかった。同時に、ちらりと意識の端を掠めた賢者達の事を追ってしまう。出るからには気にすまいと決めたはずだったが、忘れ去る事はやはり出来ない。今でも、あの議場の椅子に腰掛ける者はあるのだろうか。フロスティが抜けた事で三つに増えた空席は、もう埋まる事はないのだろう。それが四つになり五つになり――全てが空になるのはいつの事か。
 漠然と、もうしばらくは先の事だろうと思っていた。根拠はなかったが、そうあればいい、という望みのようなものが混ざっていたかも知れなかった。けれども、とリーヴは思う。実際はそれほど長くもたないのかも知れない。
 フロスティが賢者を抜けたがっていたのは何となく知っていたが、他の二人がいなくなったのはどちらも唐突だった。そんなふうに突然に、あるときを境にして、賢者の会議という制度そのものが壊れて消えてしまうのだろう。それはいつの事だろう。
 戻る事を予期して出て来たのではなかった。去るからには潔くあるつもりで、次に賢者の館を目にする事があるとすれば、それは制度が消えた後、誰もいない、役目のなくなった建物を見るのだろうと思っていた。それは甘い考えだったろうか。
 もう、再び目にする事はないのかも知れない。それは荒れ果てた残骸でさえ。近頃とみにそんな気がする。
 焦るわけでもない自分が不思議だった。そうして苦く笑う。気にかかるのは賢者達ではなく、無人で残される館の方なのだと気付いてしまったためだった。
 思えばそれも当然だろうか。制度の管理者であるのだから、大切なのは個人よりも、制度を形作り内包する器の方であるべきだ。
 そんな事を考えつつ、ひときわ重厚な扉の前に行き着いて足を止めた。フロスティの忠告に従ってそっと扉を引き開けた。鳥は飛び出して来なかったが、かわりに人の顔と真正面から行き会って、リーヴは唖然と立ち尽くした。
 ――ひと?
 こんなところで人と出会う可能性があるとは思いもしなかった。館の中は無人だったはず、とリーヴは少し前の自分を振り返る。
 そもそも見た事のない顔だ。気付かなかった来客だろうか。それとも、今まで一人の姿も見た事がないが、館の使用人だろうか――それにしては立ち姿が堂々とした、女の――
 女。身長はリーヴと同じくらい。真っ直ぐに向けた視線と相手のそれが丁度同じ位置にある。
 驚いて呆けていた相手の表情が少しずつ、納まっていくのが見て取れた。状況を理解して納得し、落ち着いていく様子に見えた。同時に、自分も同じような表情をしている事を感じ取る。
 理解した、わけではない。あえて言うのなら、それは直感に近く。
「リーヴか」
 やがて彼女の呼ばわる声が、全ての物事を明瞭にする。
 ああ――と、僅かに目を閉じ。
「ユシヤ――」

 これが、わたしのかたわれ。


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