古泉の飼い方10の基本






#とてもナイーブないきものです

 わが家に古泉がやってきた。
 古泉は身長178センチと、俺よりデカい。顔も、認めたくはないがかなりいい。
 妹はすでに「古泉くん古泉くん」と兄である俺を差し置いて、ベタベタ古泉にまとわりついている。よくない兆候だ。
 古泉は礼儀ただしく、教えなくても「今日からお世話になります」と家族に深々と挨拶をすることができる。
 そんなわけだから、妹も母もたいそう機嫌が良く、良く来たわね、だとか、好きな料理と苦手な料理はあるかしら、とあれこれ聞いていた。
「素敵なご家族ですね」
 俺の部屋にはいると、古泉はそう言った。
「そうか」
「ええ、とても」
 社交辞令みたいなものだろうと聞き流し、部屋着は俺のスウェットで良いか尋ねようと、ドアの方、つまり古泉のいる方へと振り返った。
「………」
 そのときの古泉の瞳は、どこか諦めたような寂しげなものだったので、俺はずかずかと部屋を横断すると、古泉の頭を軽くはたいた。
「お前も、今日から俺んちの家族なんだぞ」
 目をまんまるに見開いた古泉は、ぱちくりとまばたきを繰り返していたが、しばらくして、くしゃりと目元を緩ませると
「…はい」
 と小さく言葉を返したのだった。


#しげきぶつはあげてはいけません

 今日は日曜日。愛しの休日だ。
 是非とも一週間ぶんの惰眠を貪りたいところだと云うのに、俺は朝8時という休日の起床としては比較的早い時間に妹に起こされてしまった。
 妹曰わく、
「古泉くんの散歩をしなきゃ」
 とのことである。
 コイツは出掛けたいときは勝手に出掛けてるだろ。だが妹はどうしても「散歩」に行きたいようで、早くはやくとベッドにもぐった俺を揺り動かす。
「起きる。起きるから」
「下で待ってるよ?」
「ああ」
 俺はまだ半覚醒で身体を起こし、のそのそと着替え始める。
 上…はシャツにパーカーでいいな、どうせ近所を一周するだけだし。下はジーンズだ。あれこれ考えるのも面倒くさい。
 サッサと着替えを終えると、後ろから困惑気味の声がした。床にせんべい布団一枚敷いただけという、あんまりな待遇にも文句ひとつ言わずに俺の部屋に住み 着いている、無駄に爽やかなやつだ。
「僕はいったい何を着ればいいのでしょうか…」
「そのまんまでいいだろ?」
 なんとなくからかってみたくなり、スウェット姿の古泉に反駁を許さないように冷たく言い捨てる。
「それは…少し恥ずかしいですね」
 少しなのか。俺はスウェット姿の人間を連れ歩くのはごめんだぞ。
 「冗談だ」と古泉に適当な服を投げて渡した。今日は、これでも着てろ。お前のは今度買ってやるから。
 素直に俺が投げて寄越した服を拾って身に着けようとしていた古泉が、なにかを手に取った途端にピシリと硬直している事に俺はなかなか気付けなかった。
「?どうした」
 俺が振り返ると、とっさに後ろ手に服を隠す。なにやってんだ、お前。
「い、いえ。僕は今から着替えるので、待っててくださらなくて結構です。洗面台、お先にどうぞ」
「ああ…?じゃあ下に行ってるな。妹が待ってるからすぐ来いよ?」
「はい」
 ああ、あのとき古泉の異変を察知して深く追求していたなら。
 俺の下着が一枚足りないことに気付いたのは、それから三週間もあとになってからだった。


#ストレスをあたえてはいけません

 古泉はゲームが好きだった。
 ゲームと言っても、テレビゲームやDSなどデジタルなものにはあまり興味がないらしく、もっぱら専門はアナログなのだと豪語していた。
 だから、どれほど強いのかと思って押入れの奥深くに仕舞われていたボードゲームの何種類かをひっぱりだしてきて、試しに何回か対戦してみたところ、あれ ほど豪語したわりに結果はあっけないほど俺の圧勝だった。
「お前、弱いぞ。はっきり言って」
「こ、こんなはずでは」
 うーん、うーんと腕組みをして首を捻る古泉は、この上なくマヌケ面で。なにやら一抹の哀れみすら感じてしまった。
「……もうひと勝負しましょう」
 まだ自分がアナログゲームに弱いということに納得がいかないらしい。俺が特別強いなんてことはまったくないんだぞ?
「あとひと勝負だけだからな」
 付き合いきれん。俺は肩をすくめる。
 勝ちが見えている勝負を繰り返すのは退屈だ。
 ・・・。
「な、なぜ」
「だから、あそこでお前がこんな変なところに打たなければ勝ててたんだよ」
「むむむ…。もうひと勝負しましょう!」
「いやだね。さっきからそれで何回やったと思ってるんだ」
「もういっかい!」
「断固ことわる」
 人の肩を掴んでぐらぐらと揺らすな。声を荒げるな。顔が近いんだよ気色悪い。
「あなたが僕ともうひと勝負してくれないのならば、僕はもっと顔をあらぬ近さまで接近させるのも辞さない覚悟です」
 にっこり。
 …だめだ、こいつ切れてやがる。
「本っ当に、これで最後だからな」
「ありがとうございます」
 俺の溜息まじりの返事に、古泉は凄味のある恐ろしい笑みから、幾分か親しみの持てる笑みにシフトチェンジした。
 なんでこんなことにムキになるんだろうね。そりゃまあ、あえて手加減しない俺も俺だが。
 適当に手を抜いて、コイツに花を持たせてやることをしなかったのは、ひとえに俺が休日ですることもなく、暇だったからだ。そうじゃなきゃこんな退屈な ゲーム、いつまでも付き合ってられるか。
「じゃあ、俺からだな」
 脇に転がっていたサイコロを振った。
 どうせこの対戦が最後になることはないだろう、と、いっそ諦念にも似た気持ちでもって。


#てあらにあつかってはいけません

 これは夢だろうかそれもいわゆる悪夢ってやつだろうかいや次第に覚醒してゆく意識は残念ながらこれが紛れもない現実であるといっていて何を考えるよりも 先に俺は全身に鳥肌がたった。
「うおああぁ!」
 どすん。
「…わ…あいたた。びっくりするじゃないですか。痛いですよ、寝ている人を蹴らないでください」
 俺に蹴られた馬鹿は床に打ちつけたケツをさすりながら抗議の声をあげた。
 なにがびっくりするじゃないですか、だ!俺の方が一億倍びっくりしたわ!
「勝手に人の寝ているベッドに潜り込んでくるな気色悪い!朝一番から心臓が口から飛び出てそのまま返ってこないような思いを味わったぞ」
「それはスプラッタですね」
「黙れうざい」
 憤懣は古泉をベッドから蹴り落とすくらいでは到底おさまらず、悪びれる様子もないバカ野郎に俺はもう一蹴をお見舞いした。
「あははは。すみません、つい。冬場の床は寒かったんです。それにしても。いやあ、とても無防備で、かわいい寝顔でしたよ」
「まだ蹴られたいようだな」
 俺はベッドに腰かけながらげしげしと古泉の脚あたりを蹴った。一応弁明しておくと、今度はあまり力を込めてない。
 勝手にベッドに侵入してきたこと、あまつさえ俺と向かい合うかたちの距離10センチで寝ていたのは理解出来ないし許しがたいが、この冬場、せんべい布団 に薄い毛布いちまいは流石に寒いだろうとは思っていたんだ。俺ですら朝方は寒いというのに。
「わかった。お前にこの半纏をやろう。これを着ればだいぶ暖かくなる」
 スウェットのうえにまとっていた半纏を脱いで古泉に渡す。
「そしたらあなたが寒い思いをするでしょう?」
 なに殊勝なこと言ってるんだ。人のベッドに勝手に入ってくる図々しさはあるくせに。
 俺はな、さっき、心が凍てつくように寒い思いを体験したんだ。それに比べたらちょっとやそっと薄着になったくらいなんてことないさ。
「そうですね…ありがとうございます」
 恐ろしく似合わない半纏の紐を前でキュッと締めて、端正な顔立ちを笑みに変えた。
 やれやれ。これで明日の朝は安泰か。
 半纏がなくなって少し寒いが、まぁ布団にくるまってれば大丈夫だろう。凌げないほどじゃない。
 そう安心した俺がバカ野郎だった。

 次の朝。
「うおああぁ!」
 どすん。
「…わ…あいたた。びっくりするじゃないですか。痛いですよ、寝ている人を蹴らないでください」
 俺に蹴られベッド下に転がり落ちた、半纏をまとった姿の馬鹿は、床に打ちつけたケツをさすりながら抗議の声をあげた。
 これなんてデジャブ?
「お前には昨日、その半纏やっただろう。なんでどうして起きたら俺はお前に抱きしめられて寝てなきゃならんのだ!キモッ!なんか暖かいと思ったらそれがお 前の体温だと気付いた俺の絶望がわかるか?朝比奈さんのようなお方なら俺だって文句なしだが、お前に添い寝、もとい抱きしめられて眠ったところで余計寒く なるだけだ。この鳥肌をみろ。近年まれにみる鳥肌っぷりだ。お前、昨日からなんなんだ嫌がらせか?嫌がらせだな?」
 げしげし。
「そんな、嫌がらせだなんてとんでもない」
 古泉は満面の笑みで俺の蹴りを甘んじて受けていた。悪夢だ。
「僕はただ、半纏を貸してくれたあなたが寒そうだったので、お返しに僕の体温で暖めて差し上げようと思ったまでです」
「なんでそういう考えに至るのか俺にはまったく理解が出来ない」
「それに、先にすり寄ってきたのはあなたなんですよ?朝方、あなたが寝ぼけたままぎゅっと僕の胴を抱きしめてきた時は、さすがに理性が崩壊しそうでした」
「知らん!すんな!」
 朝からこのテンションは疲れる。
 今日の夜は、古泉を布団に縛りつけよう。そう決意する俺だった。


#ぐあいがわるいことをけんめいにかくします

 どこかから鳥のさえずりが聞こえてくる。
 朝日が差し込んだ部屋はまばゆく照らされていた。
 静かな良い朝だな…。
「キョンくーん。あれ、起きてる。珍しいー」
「ああ。早朝に気を張る習慣が出来てな」
「古泉くーん。朝だよ、起きろー!」
 大人しく寝ていろと俺の手によって布団をグルグルと巻かれ簀巻きになったまま転がる古泉は反応がない。まだ寝ているのだろう。
「たまにはゆっくり寝かせといてやれ」
 用事もないこいつが、学校に行く俺と同じ時間に起きる必要はないからな。起きたい時に起きれば良いさ。うらやましいこった。
 そうして俺はあくびを噛みしめつつ家を出た。

 はい、帰宅。
 そこ、手抜きとか言うなよ。

「キョンくんキョンくーん!」
 俺より先に帰ってきていた妹がパタパタと廊下を走ってくる。
 珍しいなお迎えか?と思ったが、妹の様子からはどうも違うらしい。
「古泉くんがねー」
 ほう。
「変なの」
「いつもどおりじゃないか」
 俺の返事に妹は眉をキリリと吊り上げた。
「違うよ!今日の古泉くんはぐたーってしてて、笑顔もなんか元気ない感じだから、『だいじょうぶ?』って聞いたら『だいじょうぶですよ』って言ってたけど ね、きっとだいじょうぶなんかじゃないの。キョンくん、どうしよ…」
「そうか。わかった」
 正直よくわからなかったが、きっと古泉がのっぴきならない状況にあるのだろう。小学校高学年とは思えない物言いで不安そうに見上げてくる妹の頭を撫でて やると、安心したのだろう、静かになって俺のあとをついてくる。
「古泉」
 部屋に入るなり、俺は絶句した。
「………」
「あっ、おかえりなさい。」
 そこにはエプロンに三角巾をして、はたきを手にどこまでも爽やかな笑顔を浮かべたデカいのが居た。
「な、なんだ…?」
 あまりにも予想してなかった光景なので、うまいリアクションもとれやしない。
「お掃除です!暇だったので、何かお役に…立てれ…ばと」
 言ってる途中でクラッと来たのだろう。喋ってる最中にはたきが手から落ちた。慌てて拾おうとしゃがんだ古泉は、そのまま立てずに黙り込んだ。
 こりゃ重症だな、と古泉に近づいて熱を計ろうとしたが、額まであと数センチのところで払いのけられた。
「だ、大丈夫ですから…本当に…」
「嘘つけ」
 そんな弱々しい言葉つきで何言ってやがる。
 俺はもう一度、古泉の額に手を伸ばしたが、またもへろへろの手が遮ってきやがる。
「だーっ!うぜえ!」
 古泉の両手を壁に押し付けると、あっさりと捕まった。ほら、抵抗する元気すらないんじゃないか。
 古泉はうすく潤んだ瞳を俺の視線から避けるように斜め下にやった。呼吸は荒く、頬は紅潮している。
「…お前、バカだろ」
 両手がふさがっていたため、額で熱をはかる。これ確実に脳細胞が大量に死滅してるだろってくらい、明らかな高熱だった。
 こんな熱で、なんで掃除なんかしようと思えるんだ。
「だって…」
 古泉は観念したのか、これ以上誤魔化すのは無意味だと悟ったのか、身体からくたりと力を抜いた。
「迷惑、でしょう?」
「……。朝から、体調悪かったのか?」
 いつになく低い声の俺に、怯えたような瞳で首肯する。
「こんの、バカ古泉!」
 ビクッと肩が跳ねる。ドアの影から心配そうに事の顛末を見守っていた妹も、俺が声を荒げるのに驚いたようで、心配そうにパタパタと俺のもとまで近づいて きた。さすがに強く言い過ぎたか。
 少し冷静になった俺は、諭すように古泉に話しかけた。
「迷惑なわけないだろ。というか、なにに遠慮してんだよ。熱があるなら素直に熱があるって言えよ」
「そうだよー」
 妹が今にも泣きそうな顔で、ぐったりとした古泉の頭を撫でてやる。”元気になって”。そんな言葉のかわりに。
「こいつも心配してたんだ。たまには、俺たちに甘えてくれよ」
 な?と同意を求めると、本当に本当に小さな声で、
「ごめんなさい」
 そんな声がした。
「…ったく」
 俺はぐにゃぐにゃした古泉をすぐそばのベッドまで肩を貸して運んだ。
 俺のベッドだから、と病人のクセして遠慮しようとするバカを押し込めて、首のあたりまで布団を被せる。
「…ごめんなさい…あなたのベッドなのに」
「まだわかってないみたいだな」
 冷水に浸したタオルを絞る手につい力がこもる。こいつが病人じゃなかったら、まず間違いなくはたいていたな。かわりに熱をもつ額のうえにタオルを乗せて おいた。
 おふくろにお粥を作ってもらうためのメッセンジャーを終え、階下から帰ってきた妹は、あっさりと正解を言い当てた。
「古泉くん。あのね、そう言うときは『ありがとう』って言えばいいんだよー」
 三角巾をつけっぱなしで、額には濡れタオルを乗せたままの古泉は、ポカンと口をあけた間抜け顔をさらしていた。
「遠慮すんなよ。家族だろ」
「………」
 あ、照れてやがる。
 頭まですっぽりと布団を被って、俺と妹から背を向けた。おいおい、呼吸困難になるぞ。
 妹が、布団をかぶった拍子に古泉の額から落ちたタオルを再び濡らし、力いっぱい絞ったものを俺に渡してきた。小学生の腕力なので、俺が絞るとまだパタパ タと水滴が落ちる。
「こっち向けよ」
 タオルが乗せられないだろう。しかし返事は首を横に振る動作のみ。
「古泉くん?」
 妹が顔をのぞき込もうとすると、逃げるように身体をひねった。うっとおしいので布団を半分ほど剥いで、無理やり天井を向かせる。
「・・・あぁ」
 そういうことか。
 古泉はこっちを向きたくても向けなかったのだ。
 俺は苦笑して、妹もなにも言わず、手にした濡れタオルを額と…目元にそっと乗せて、布団を胸元までかけ直してやった。
 はやく良くなってくれよな、古泉。
 だってお前は、俺たちの大事な家族なんだから。

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