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最初はなんとなく目に入っただけだった。 次に見たときは隣の車両に乗りこんでいった。 この前見たときは同じ車両の反対側に立っていた。 昨日見たときは向かい側の席に座ってた。 今日は俺の隣で俺の肩に凭れて夢の中。 セピア混じりのオレンジ。
夕方に電車に乗ると見かける姿がある。 たぶん、同い年か、もしくは1つ下くらいだろう。 俺が電車に乗って2つめの駅からその子は乗ってくる。 トクベツ可愛いかったり美人だから目を惹いたわけじゃない。 それは十人並みの、至って普通の女の子。 最初は、ただなんとなく目に入っただけだった。 電車がホームに滑り込んでいく瞬間に偶然ホームに立つ彼女を見ただけ。 紺色のブレザーに青と灰のチェックのスカート、そして暗めの赤のリボン。 なんとなく目に入って、見覚えのない制服だ、と思った。 それが初めて彼女を見たとき。 とは言っても、何処の高校の制服だろうと考えただけで終わったのだけれど。 次に見たときは隣の車両に乗り込んでいった。 ああ、同じ電車使うんだ、と何とはなしに思った。 慣れた様子で乗り込んでいくから、きっといつもこの電車なのだろう。 同じ電車を使うなら家も近かったりするのだろうか。 もっとも、近所にあの制服を着ている子なんて見たこともないのだけれど。 この前見たときは、同じ車両の反対側に立っていた。 棒を掴み、揺れる電車の中をひとり立っていたその姿。 髪の色が綺麗な茶色をしているのだと気付いたのはその時だ。 夕日に照らされて、オレンジを溶かし込んだような色をしていた。 その色のやわらかさに、思わず見とれた。 昨日見たときは、俺の向かいの席に座っていた。 隅っこのほうに寄って、なにやら本を読んでいた。 漫画とか雑誌とかじゃなくて、俺なら到底手を出さないような小さな本。 時々竜が読んでいるような感じのヤツだったから、多分文庫本だ。 頭がいいのかもしれないと、思った。 もしかしたら、読む気も起こさない俺が馬鹿なだけかもしれないけれど。 そして今日は俺の隣で俺の肩に凭れて夢の中。 いつものように俺が乗って2駅目で彼女も乗ってきて、 たまたま空いていた俺の席に座ってきた。 今日は本を持っていないらしい。 やっぱり、見たことのない制服だなぁ。 近くから見ても見覚えのない制服。 今度、隼人にでも聞いてみよう。 頻繁に彼女が替わる彼ならば、何処の制服かわかるかもしれない。 そこまで考え終えると、俺の興味はぷつりと失せた。 もともと、良く目に入るから覚えていただけだったし、 別に一目ぼれしたわけでもないし。 なによりも、俺は運命を信じるほどロマンチストでもない。 夕方の電車でよく見かける在籍学校不明の女の子が隣に座った。 それだけのこと。 騒ぐ必要も、特に変わった行動を起こす理由もない。 もし、これが俺じゃなくて日向だったりしたのなら、 ここらでナンパのひとつでもしてみたりするのかもしれないけれど。 彼女が乗り込んでから1駅目。 ポケットの中の携帯がブルブルと震えた。 新着メールを知らせる携帯を操作して出てきたメールの送り主はつっちー。 最近ハマっていたゲームで最高得点を叩き出したという報告メール。 相変わらずアホで無駄にテンションの高いメールに彼らしいと苦笑い。 適当に返事を打って、次の駅に着く頃には送信ボタンを押す。 『送信完了』の文字に安心して携帯を折り曲げた、その時。 トン、と肩に触れる感触。 突如かかった軽い重み。 閉じた携帯から視線を逸らせば、間近にあの茶色。 俺の黒の学ランの上をさらさらと零れ落ちる。 彼女が凭れていると気付くのにかかった時間は約15秒。 えぇっと、と困って見せるけれど、回りは見知らぬ人間ばかり。 助けてくれる要素も様子もない。 そして凭れてきている本人からはかすかな寝息。 もしかして寝てる? 昔のドラマにありがちパターン? まさか自分にそれが降りかかるとは思いもしなかった。 どうしたらいいのか判らず、俺はオロオロ。 肩を動かすわけもないから、首から上だけでオロオロ。 きっと今の俺をつっちーとかが見たら、扇子の奥でニヤニヤ笑うのだろう。 起こそうか。 ちらりと考えて、やめた。 あまりに寝息が安らかなものだから、そんな考えは一瞬にして失せた。 降りる駅に着くまではそのままにしておいてやろう。 周囲の乗客からの視線が少しばかり痛いけれど 不良として見られてきたから今更そんな視線は慣れっこだ。 ふと、肩に流れる彼女の髪に視線を寄せた。 綺麗な髪をしている。 少しセピア気味の髪色。 昔の写真みたいに褪せた色ではない。 それは鮮やかなセピアで、すごく優しい色。 ほんわりとした、どこか暖かい気持ちさせる色、まさに暖色。 でも染髪特有の違和感がない。 染め抜いた俺みたいなパサつきも見られない。 もしかしたら地毛なのかも。 だとしたら凄い。 自前でこんな色を持つ人間が、いるなんて。 俺の黒の学ランの上をさらさらと流れる彼女の髪。 急に興味が湧いた。 その柔らかな色に触れたいと、思った。 触っていいだろうか。 いやいや、何考えてんの俺。 すぐさま自分の思考を押し留める。 眠ってる相手を勝手に触るなんて、セクハラもいいトコだ。 いくら不良と呼ばれようとも、セクハラ親父になった記憶はない。 もうすぐ彼女が乗り込んで5駅目。 カタンッと電車が揺れた。 カクンッと彼女の頭が少し揺れた。 さらさらと、また黒の上に茶が零れる。 黒の上を流れ落ちる茶色の束。 車窓から差し込む夕日に照らされて、少しだけ橙を帯びる。 触っていいだろうか。 急に強まる欲求。 触れたい。 さらさら零れるその髪に、触れたい。 肩を貸しているんだ。 触るくらいいいんじゃね? 触るだけなら、いいよね? さらりと肩に零れるその茶色へ、緩やかに手を伸ばした。 ふんわりとやわらかい感触が指先から広がる。 その髪はするすると触れた俺の手の指先を流れた。 さらり さらり 俺の手から、音もなく学ランの黒へと零れ落ちる。 痛んでいる様子も、パサついている様子もなかった。 嗚呼、やっぱり地毛なんだ。 手の中で零れるこの色が、彼女の自然色。 彼女が生まれながらにして持っていた、彼女の色なんだ。 綺麗。 とてもとても綺麗。 素直にそう思う。 「・・・あたしの髪に何かついてる?」 急に聞こえた声にビクリと反応。 肩に預けられていた頭がゆっくりと動く。 向かい合う顔。 初めてぶつかる互いの視線。 睫毛に縁取られた瞳。 ああ、目も茶色いんだ。 綺麗なアーモンドカラー。 やっぱりその目の色も違和感がなかった。 ハーフか、もしくはクウォーターか。 日本人離れした、柔らかな色合い。 「綺麗だなって、思って。」 思うのが早かったか、言葉が早かったか。 呆然としながら、するりと口から零してしまった言葉だった。 彼女は驚いたようにそのアーモンドカラーの目を大きく大きく見開いた。 それから照れたように、ありがとう。と、自分の髪を撫でながら言う。 怒る気はないらしい。 「肩貸してくれたんだ?」 「あ、うん。眠かったの?」 ちょっとテストがあったから寝不足で。 彼女はそう答えた。 ごめんね、迷惑だったでしょう?重かった? 尋ね返す彼女に、首を横に振った。 実際、迷惑に思うほどの重さはなかったから。 この際、周りの視線が少し痛かったことは伏せておこう。 「いつも夕方乗っているよね?」 「うん。いつも夕方に乗ってるよ。」 「俺、武田啓太。」 「あたしは。」 互いによろしくを言い合う。 不思議な感じ。 合コンでもないのに名前を教えあう。 不意に耳に届いたアナウンス。 それを聞いて、降りる駅が次に迫っていることに気が付いた。 そわそわしだした俺に、降りるの?と彼女が問う。 うん、俺次の駅だから。と、俺は答える。 彼女に降りる気配はない。 どうやら俺の方が先に降りるらしい。 そういえば、乗り込む姿を見たことはあっても、 降りる姿を見たことは1度もなかったと、今になって思い出す。 「また会える?」 「武田君がこの電車に乗っていれば。」 「じゃあ会えるね。」 断言すると彼女がクスクス笑う。 俺がこの電車に乗っていれば会えるらしい。 ああ、ならこの時間には急いで帰らなくちゃ。 放課後のいつものお誘いを上手く振り切らなくては彼女に会えない。 ちゃん、と聞いたばかりの彼女の名字を呼ぶ。 「次に会えたら、ちゃんって呼んでいい?」 「いいよ。じゃああたしは啓太君って呼ぶね。」 次会った時は、お互い名前で。 名前なんて、別に今呼んだってよかったけれど。 でもそれじゃ、ここで途切れてしまうから。 だから、“次”に。 終わらせたくないから“次”を。 それは君と結ぶ、ささやかな再会の約束。 指きりする?と悪戯っけたっぷりに小首をかしげる彼女に笑う。 それは次の楽しみにとっておこうと思う。 そう返せば、彼女もおかしそうに笑う。 小さく笑い合う俺達を乗せて、電車が駅に滑り込む。 プシューと開いたドアがこのほのかな時間の終わりを告げる。 「それじゃ、またね。」 「うん、またね。」 軽く手を上げて挨拶を交わして電車を降りる。 振り返れば、体を少し捻った彼女が手を振ってくれている。 不思議を通り越して、なんだか変だ。 数分前までは名前も知らなかった相手なのに、 今はこうしてやわらかい笑顔付きで手を振ってくれる。 そんな彼女に俺も軽く手を振り返す。 開いた時と同じような音をさせて、ドアが閉まった。 そのままカタンカタンと音をさせて電車が走り去る。 十数秒後には、彼女の姿は俺の前から消えた。 あ、何処の学校なのか聞き忘れちゃった。 電車が見えなくなって初めて気付く。 隼人に聞くよりも、彼女に尋ねたほうがずっと確実だったろうに。 明日の合コン、パスって伝えなきゃ。 桃女との合コンってはしゃいでたから、日向たちは驚くだろうなぁ。 代わりは竜にでも埋めてもらおう。 きっとむっとした顔をされるのだろうけど、そこはまぁしかたない。 そして今日と同じ時間にこの電車に乗り込まなくては。 明日も彼女がいるかどうかは、判らないけれど。 でももし会えたなら、約束通りちゃんって呼ぼう。 そうして今度は学校名を教えて貰う約束をしよう。 “次”から“次”へ。“次”“次”に。 約束を重ねて、“次”を重ねて。 そうしていつか、約束がなくても会えるようになれればいいな。 改札口を抜けて、夕暮れの空を見上げる。 沈みかけた空の色は、彼女と同じセピア混じりのオレンジ。 照らされる俺の頬は薄い朱。 f i n BACK
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