6話 成長期な見習いのはなし1

 リオルーは瞬いた。屋外鍛練場にたくさんの子供が集まっている。何事かと身を乗り出して観察していると、幾人か見たことのある顔があった。
 あれは反王派のステファノ隊長、あっちはメルキオル隊長、ウーゴス隊長までいる。
 会議ならば昨日したばかりではなかっただろうか。天気がよくて絶好のピクニック日和としてもこんな面子は想像以上だ。だから、それらのどれでもないことは確かだ。
「どうしたんだい」
 突然背後から声をかけられて、思わず落ちそうになる。慌ててしがみついたのはがっちりした男の腕で、見上げると爽やかな笑顔が飛び込んできた。
「ニコーラ隊長、あの、あれは何の集まりなんですか?」
 アズヴァルドに惚れて騎士になることを目指した男は、今こうして隊長の身分にある。ウーゴス隊長が信頼する騎士の一人で、無意識にリオルーも信頼しいている。
 最もそれは彼の爽やか以外に表現しようのない笑顔のせいだ。二十代くらいにしか見えない若作りな容姿も含めて、彼は隊長たちの中でもとりわけ異質だ。
「ああ、あれかい?」
 リオルーを抱えたままそちらへ視線をずらし、小さく笑う。
「騎士見習いの選出だよ」
「では、あれがみんなの通ってきた道なんですね」
 リオルーが通らなかった第一の門を叩く少年少女たちなのか。
 急にわくわくしてきて、近くでその様子を見てみたいとちらちら視線を送る。当然ニコーラは気付いて、輝く笑顔を浮かべた。
「よし、じゃあ一緒に行こうか」
「はい!」

 騎士になるにはまず、騎士見習いにならなければならない。そのためには年に一回開かれる騎士募集に参加しなければならないのだ。
 城、もしくは町に置かれた用紙に名前と希望欄を書き、顔写真を貼り、あらかじめ決められた日にその紙を持って参加するだけだ。武器の有無は関係ないようで、少年少女の中には持っていない者も大勢いた。
 しかし目立つのは少年少女とは呼べなさそうな容姿の男。数えるほどしかいないが、彼らも参加するのだろう。
 既に大人でありそれなりの技術を身につけた大人たちは集められ、少年少女とは違う試験を受けることになっている。リオルーもまさにその経験者だ。ただ特別扱いということで、決められた日以外に行われたのだが。
 試験を受けて合格であれば晴れて騎士の仲間入りだ。実力に見合った地位を与えられ、見習いをすることは稀だ。
 ニコーラは輝く笑顔のままリオルーを引き連れて屋外鍛練場の隊長たちの集まる場所へと急いだ。
「やあやあ皆さん、今年はこれって子がいますか?」
「ニコーラ、それにリオルー」
 ウーゴスは驚きを隠さず目を大きくさせた。
「先ほどからあちらで観察していたのです。それで、リオルーがとても興味深そうだったから見学に来たんですよ、いいでしょう?」
「もちろんだとも。遠慮せず見学するといい」
 ステファノ隊長もメルキオル隊長も特に反論するわけでもなかったので、言葉に甘えて特等席で見学することになった。
 先に試験が始められたのは特別枠の大人達だった。
 彼らは副隊長やそれと同等のクラスの騎士と手合わせをして、実力を測られる。リオルーもニコーラ隊の副隊長と手合わせをした。
 いくら王様とお后様がそうするといいと勧めてくださっても、はいそうですかと試験もなしにいれてしまうのは騎士たちの中に不満を生むかもしれないと、略式ではあるが試験を受けた。結果は両者とも引かず、引き分けとなったが、ニコーラ隊の副隊長は完全に負けましたとその場で言っている。こうして立っているのが不思議なくらい、相手の急所目掛けて攻撃を繰り返すリオルーの猛撃があまりにも恐ろしかったらしい。母直伝の疾風剣術は案外危険なのだと再認識した。
 今回手合わせに参加したのはステファノ隊の副隊長ジュリオと、ウーゴス隊の副隊長、そしてメルキオル隊の騎士だった。
 鮮やかな剣さばきのジュリオ副隊長はひとつも汗をかかず、いとも簡単に相手を叩き伏せる。試験を受けている男はこれが副隊長の実力なのかと呆然とした顔で負けを宣言した。
 試験を受けた大人たちは唯一人を除いてみな数分で負けを宣言した。引き分けに終わった男も夢か幻かさっぱりしない表情で己の未熟さを再認識しているようだ。
「うちの副隊長がさ、リオルーが敵じゃなくてよかったって言っていたよ」
「大げさですよ。副隊長はとても強かったです。剣戟のひとつひとつがとても重かったですし、気を抜いたらなし崩しに負けちゃいそうな戦いでしたから」
「うーん、それじゃあそのこと伝えておくよ。リオルーが誉めていたぞって。きっと耳まで真っ赤になって喜ぶに違いない!」
 大げさに笑い声を上げて、ステファノ隊長の視線を受けた。ニコーラ隊長はいつもの笑顔で隠した。
「さ、次は夢見る子供たちの番だ。彼らの場合も手合いをするんだよ」
「そうなんですか。でも、簡単に勝負がついちゃうんじゃないですか?」
「まあそうなんだけどね。どれだけ型を身につけているかとか、もしかしたらリオルーみたいに強い子もいるだろう? それかすごい素質を秘めている子とか。あ、あそこのおさげの女の子は将来有望だなぁ。見てごらん。自分の実力を知っているからこその動きじゃないか。あっちの坊主頭みたいにやみくもじゃないだろう。落ち着いていて、ああ、きっとアズヴァルド様を目指している子だね」
 確かにおさげの女の子は慎重に、だが激しく打ち付ける。ウーゴス隊の副隊長は嬉しそうに全て受け止めて、そのうち「止め」と声高らかに宣言した。少女といくつか言葉を交わし、多くの子が送られる方向とは反対の場所へ行かせた。
「ま、単純にいうとあっちが暫定的な合格者なんだ」
「こっちに集められた子たちは?」
「またそこから振り分けられるんだ。どんなに頑張っても騎士には向いていない子には、残念だけど帰ってもらうことになるんだよ」
「そうなんですか。やっぱりそうなるんですね」
 少し寂しそうに呟くと、ニコーラ隊長は静かに頭を撫でた。
「みんなを受け入れてあげたいのは山々だけど、規定の人数が決まっているからね。来年受けてもいいし、騎士という夢をあきらめて別の夢を追いかけるのもいい。それもまた、人生だ」

 その人生の第一歩を踏み出した少年がそこにいる。
 昨日見たばかりの試験が醒めず夢にあふれうっとりとした表情で、まさに心ここにあらず。明らかに別の何かに心奪われるリオルーの様子が気に入らなくてダリオは猛撃を繰り返すのだが、彼女と彼の実力の差は歴然としていた。赤子をひねるかのごとく叩き伏せられて、ダリオの剣は空中を回転し地面に突き刺さる。
「あ、ごめん」
 ダリオは不満そうな表情のまま己の剣を取りにいき、ごめんねと頭を下げるリオルーを見据えた。
「リオルー様、今日は一体どうしたのですか。ぼくが相手では物足りませんか?」
 そんなことを言うつもりなどなかったのに、憤りはおさまらない。わざとむくれるダリオに、リオルーはただ謝った。
「ごめんね、ダリオを見ていたら、昨日のこと思い出したの」
「昨日のことですか?」
「うんそう。昨日は騎士見習いの試験日だったんでしょう?」
「ああ。そういえばそうでした。もしかして見習いってことでぼくを」
「えへへ、そうなの。ごめんね。でもダリオは試験に合格したんでしょう。すごいよね! ねえ、誰が相手だったの?」
「ヴァレリア隊の副隊長です」
 初めて聞く名だ。首をかしげるとダリオは続けた。
「今は国境近くの砦にいるんですよ。女騎士隊です」
 騎士隊には女だけで構成された騎士隊がある。王都にいないからリオルーは存在を知っていても名前は知らなかった。
 知った途端興味がわいてきて、それこそ今から会いに行きたいと思うほどだ。
「ヴァレリア隊っていうんだ」
「はい。すごく綺麗な金髪の隊長が率いる隊です。ぼくは数人しか見ていませんからよく知りませんけど、隊の半数が筋肉ムキムキだって聞きました」
 リオルーの全身を見て疑問符を浮かべた。
「リオルー様を見ていると想像できません。ヴァレリア隊長も、副隊長も体格はよかったけれど山男みたいじゃないですし」
「山男って」
「あ、話に出るんですよ隊の先輩との。あれは女じゃないとか」
 ふいにダリオは口を閉ざした。両手で隠し、あからさまにまずいことまで言ってしまったと目線をそらす。
 同じ女として見過ごせないと思ったリオルーは眉を寄せた。
 女性騎士の体格がよくなるのは当然として、山男という表現はどうだろう。女の人に対して失礼にも程がある。
 だがそれでも表現どおりに想像してしまうのが人の性なのか、アズヴァルドがよほど異例の女性らしさを具えた人、その周りに山男のような女騎士がずらり。想像しただけで気を失ってしまいそうだ。逆に母親が人間ではないかのよう。
 伺う眼差しに気付き、嘆息しダリオの肩を叩く。
「しょうがないな。二度目は許さないからね」
「あ、ありがとうございます!」
 素直に喜ぶダリオはまだ、心も未熟な見習い騎士だ。


 試験に受かった少年少女たちの配属先も決まり、それぞれの騎士隊は慌しくなったようだ。
 合格した人数は二十四。うち大人が五名で、彼らは女騎士隊がいる砦とは別の砦の隊に配属された。
 ウーゴス隊も異例はなく、新人見習い騎士として三名を迎えることとなった。
 ダリオのように見習い身分にある騎士を数えると、ウーゴス隊に属する見習いは十名になる。リオルーの属するベルナルドの班にも一人の見習いを加えることになった。
 少年らはひたすらに初々しく、どこかダリオが先輩っぽく見える。よく考えなくとも彼はリオルーより先輩なのだが、今まではそんなことをちっとも感じさせなかった。今更ではあるが、彼の態度の明らかな違いに気付き可笑しくなる。
 不平に思いその姿を観察していると、一人の少年が気付き、首をかしげた。
「あの人は、なぜ見ているだけなのですか?」
 その言葉にダリオは顔を青くして、諌める。
「何を言っているんだ。あの方の身分云々よりも、先輩に対してそんな口を利いちゃだめだよ」
 同じ年頃もあって幾分かくだけた物言いのダリオはおろおろとリオルーに視線を送った。当の本人は全く気にしていないのだから、どちらかというとその背後に控える何かを気にしているようだ。
 基礎の練習を続ける三人の新人見習い騎士は手を止めて、ウーゴス隊に一人しかいない女性騎士を珍しそうに観察している。
 リオルーはダリオと似た背格好だ。ダリオは新人三人と似た背格好だ。
 歳の近い彼らにとって、練習に参加せず彼らを観察する姿はおかしく映ったらしい。
 ふいに思い立ち、腰に下げた剣を抜きながら少年達の横に並んだ。
「私もね、前からおかしいなって思っていたの。私だって半年前に入隊したばかりなんだから、ダリオは先輩でしょう?」
「それとこれとは話が違います! だってリオルー様は」
「む、そうなると平民出身のベルナルドさんは、貴族であるダリオを敬わなければならないじゃない」
「屁理屈ですよ、そんなの」
「ダリオもそうだよ。さ、先輩、新人の私たちにしっかり基礎を教えてくれないと」
 半年だけ後輩の少年達に微笑みかけて、四人揃って礼をした。
 その光景のおかしなこと。ダリオは青くなったり赤くなったりを繰り返し、冷やかす先輩騎士に怒るわけにもいかず小さくなるだけだ。
 そのうち観念して叩き込まれた基礎の構えをしてみせて、後輩たちに同じ構えをさせる。
 基本の構え、正面の切り込み、側面から、腕が疲れそうなほど何度も繰り返しさすがに新人三人は、大きな口をあけて肩で息をしている。
 時間にして一時間繰り返していただろうか。基礎体力も身につけていない彼らにはまだ辛い毎日のようだ。ダリオは特に叱咤しなかった。
「ようし、それじゃあ休憩だ。先輩たちの手合いをみて、自分の目指すものを見つけておけよ」
 リオルーも倣って並ぶと、ダリオは心底疲れた表情を浮かべ、恨みがましそうに見上げてきた。
「リオルー様、あんまりです」
「そんなこといわれたって。私だって新人なんだから、特別扱いはナシでしょ」
「でも、リオルー様は」
 突然わきあがる喚声に声は途切れた。
 ベルナルドの鮮やかな剣さばきに相手は崩れ去り、素直に負けを認める。いつみても、彼の動きは軽やかで無駄がない。ここに女の騎士がいたら、きっと。
「きゃー!」
 顔のいいベルナルドのことだから、こんな黄色い声が聞こえるはず。そう思っていたら本当に聞こえた。見やると近くで同じように基礎を練習していた少女達が赤い顔で黄色い声をあげている。
 ここでスマートにナルシスト振りを披露すればいいものを、ベルナルドは残念ながら自分の容姿に興味がない。むしろ顔ばかり評価されてうんざりしている男だ。その上黄色い声に慣れているので無視を決め込み、さっさと騎士の中に隠れてしまう。
「さすがベルナルドさん、あの人は将来有望視されている騎士の一人ですから」
「彼なら今でも通用する気がするんだけどなぁ」
「確か、一年前にそんな話を聞きました。別の隊の副隊長に挑むとかどうとか。でもそんな噂も流れてしまったみたいですね」
 消えた彼の姿を探し目を彷徨わせていると、目の前に騎士が現れる。
 見慣れた男はウーゴス隊の別の班の騎士で、そんなに話をするわけではない。ただリオルーに向けて笑顔を送るので、無視は出来なかった。
「リオルー様、よろしければ手合いの相手をお願いできませんか」
「え、私ですか?」
 断る理由もないので頷くと彼は大層喜んだ。
「リオルー様、頑張ってください。ぼく、応援します! ほら、みんなもリオルー様を応援するんだぞ」
 新人三人は元気よく「はい」と答えてリオルーの背中に言葉を送る。
 むず痒く思いながらも純粋な興味を感じ試合場の真ん中に出る。砂地に白い線が引かれ、反対側に誘ってきた男が立った。
 共に礼をして、審判を努める騎士が少し離れるようにと指示を出した。
 相手を、顔を見据え、腰に下げた剣の柄に手をかけて合図を待つ。相手の緊張を痛いくらいに感じる。
「はじめ!」
 先手を取ったのはリオルーだった。
 抜いた瞬間の衝撃を利用し力任せに相手を押しやり、よろめいた所をすかさず狙う。リオルーが見据える場所は首と手首と足首だ。首と名のつく場所ならばどんな猛者であろうと弱いはずだと母親は言っていた。もちろん防具をつけていなければの話。
 騎士服に身を包んだだけの二人は共に攻撃どころがありすぎて、男は一瞬迷ったようだ。傷つけでもしたらみなから反感を買うだろう。だがそんな考えも一瞬で吹き飛ぶほど、リオルーの猛撃は凄まじかった。
 ひたすら風のように攻め、男の左脇が弱いと知るとそこを重点的に突き立てる。避けるだけで精一杯の男が足をもつれさせ、歪んだ顔で歯を食いしばる。
 長い腕でただ転ぶことを避け、身をひるがえすもリオルーの刃が喉元につきたてられた。少しでも動けば、赤い筋だけでは済まされない。
「負けました」
「どうも」
 剣を引き鞘に収め、定位置に戻る。男も頭を振りながら戻り、二人揃った所でもう一度礼をした。
 黄色い声は聞こえないものの喚声は今までの比にならない。恥ずかしそうに頭をかく相手の腕を叩き、ニコリと笑むと男は大層嬉しそうにもう一度頭を下げた。
「すごい、すごいですよさすがリオルー様!」
 ダリオを筆頭に少年達は興奮気味に戻ってくるリオルーを囲んだ。同い年の同じ背格好の少女がいとも簡単に大人の騎士を伏せるのだから、嬉しいに決まっている。
「うーんでも身軽だったから、こっちに利があっただけだよ」
「そんなことないです! ああ、本当にすごいや。リオルー様は本当にアズヴァルドの再来ですよね!」
 アズヴァルドの?
 少年達は顔を見合わせてリオルーを見やる。好奇の眼差しを向け、頭の中にアズヴァルドを思い描いたはずだ。もし彼らが学校に通っているのならば、写真か、美術館でアズヴァルドを見ているはずだから。
 そして合点したのか、口々にスゲーと繰り返す。
「もしかして大人たちの噂になってる王女様なんですか!」
「そうだよ。リオルー様は王女様であり、英雄の娘なんだ」
「だからそんなに強いんだ! すっげー、おれ、そんな人と一緒にいるなんて」
 王様本人でもあるまいし、そう思いながらも今一度王女という肩書きに気恥ずかしさを覚えた。
 どうあがいても、王女と英雄の娘だけは、リオルーの背後に付きまとう。ただ恥ずかしくて、リオルーは赤くなる耳を隠すように俯いた。


2006/10/21公開 2006/11/03修正

2style.net