日本は比較的手のかからない子供だった。食事は出されたものを食べ、学習や視察にも積極的で、与えられた環境で精一杯のことをやりつくす。状況に順応しやすく、郷に入りては郷に従えの精神を持つため、中国の家に訪れた時も彼は良い客人だった。日本は竹簡に囲まれる中国が仕事を終えるのをジッと待つ間、彼の邪魔をすることはなかった。だからか、実のところ中国は日本を子供のようにあやしたことがない。
この日も中国はようやく仕事を片付け、肩をならしながら応接間に向かうところだった。客人を迎える態度でないことは明らかだが、日本はつまり家族なのだ。遠方に住まう家族だ。それでも寂しい思いをさせてはいけないと自然に足が早まる。頬が緩む。
「にほーん、久しぶりあるねー。ようやく仕事もヒト段落ついたあるよー」
軽い足取りで中国が部屋に飛び込むと、そこには紙とにらめっこする日本がいた。手紙を書くわけではなく落書きに勤しむ訳でもなく、無表情で紙を折ったり曲げたりしている。やがて中国の存在に気付いても慌てる様子はなく、それどころか眉間に浅い皺を作って顔を上げた。中国とは随分対照的である。久々の兄弟の再会を喜んでいないのだろうか。やはり日本は表情が読めない。
「お久しぶりです」
「何してたある?折り紙?」
「……」
中国が日本の手元を覗き込むと、彼は子供らしい表情を見せた。それは中国が日本と出会って以来稀にない笑顔だった。頬を赤く染め唇を尖らせている。照れているのだ。嬉しくなった中国はすぐさま机を挟んだ日本の向かい側の椅子に腰を下ろした。なるだけ視線を合わせるように顔を近づける。
「お前もそういう顔出来るあるか」
「…紙飛行機を…」
声をくぐもらせたまま日本が物々と呟く。日本のぎこちない照れっぷりに中国は思わず歯を見せて苦笑いをした。こちらまで照れてしまう。日本の頬を冷ますように軽く叩くと未だ指先が離れない折り紙に目線を向けた。日本の器用さを実感してしまうのはこういう時だ。年端もない子供が折るには余りに可愛らしくない紙切れがそこにはあった。前に訪れた時にはこんな道楽について一言も口にしていなかったから、身に着けたのは最近だろう。1度教わっただけでこれほど綺麗に折れましたと言われても日本なら納得してしまう。
しかし未だ飛行機としての形は成されていなかった。
「お前は折り紙まで可愛くないあるな。教科書みたいに綺麗な折り方して…」
「…それはどうも。ここから折り方が分からなくなったので教わろうと思ったんですがもういいです」
「拗ねるなあるよ。それは子供らしくてよろしいね」
まるで教鞭を握ったかのような心持で中国は背筋を伸ばした。日本は余り良い子供ではない。そして良い生徒でもないのだ。だが、新しいことを学ぶ際の意欲、目の輝きは実に年相応だった。そんな日本に色々な事を教えてやるのが中国はとても楽しかった。中国の指先を日本は必死で追う。まるでそこに甘いお菓子がくっついているようだ。やがて中国は日本に負けず劣らず美しい紙飛行機を作り上げた。
「覚えたあるか?」
「はい、もう大丈夫です。ここを先に折り返しておくんですね」
「そう。そうすると次が折りやすくなるある」
解説もそこそこに中国は自分が作り上げた紙飛行機をつまみ上げ空中へと放り投げた。目的地はない。飛行機は短くも美しい曲線を描きゆっくりと床に吸い込まれていく。中国は不満げに顎を摩った。まるで髭を梳かすようなこの仕草は、中国の家の名将の癖を真似たものだった。
「飛行距離が今後の課題あるな」
「ではこれでどうです」
いつの間にやら手元の紙を完成させていた日本が立ち上がり、中国の横に並んだ。目線は椅子に腰掛ける中国とそう変わらない。しかし彼が放り投げた紙飛行機はそうではなかった。それは長く美しい飛行を見せ、中国が投げた紙飛行機の横をあっさり通り過ぎた。呆気にとられ、飛行機が床に落ちた後も中国はしばしぼんやりしていた。
「…空気読めある。ほんとお前は可愛くねーあるよ」
全く、兄らしく振舞わせてくれるつもりのない弟である。今に始まったことではない。瞬く間に中国の知識を吸収して真似、勝手な改良で良い結果を出す。面白くない反面、尊敬の目が自分に向けられている事を感じる時が確かにある。それだからやはりこの好奇心旺盛な少年に与えずにはいられない。持ち得る知恵を、文化を。
「どこをどういじったあるか」
「重心を前身に傾けるために翼をこうやって…」
「あーなるほど。ならこれはどうあるか」
日本の紙飛行機を横目で見ながら自分の手元をもう一度折りなおした。興味深げに覗きこんでくる日本に、今度はあえて覚えさせないように手順を早めて作り上げる。日本がきょとんとしているうちに出来上がったそれを再び空へ放った。飛行機は勢い良く投げ出され、飛行距離を伸ばさぬ内に着陸の姿勢に入る。そして着陸の瞬間、まるで生き物のように床すれすれに円を描いて降り立ったのだ。
「とんびある」
日本は無言のまま、目を瞬かせて驚きを知らせた。飛行機と中国の顔を交互に見て、言葉はなくとも”教えてくれ”と勢い良く頭を縦に振って訴えて来た。そう、この目である。中国は思わず得意げに笑ったのだ。

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