真っ赤な絨毯の引かれた部屋の奥、大きな窓のあるその前に女は腰かけていた。大きなデスクは元々は何色だったのか解らぬ程に漆黒に塗れて、その漆黒は女を象徴するものであり、一月は酷い身震いを覚えた。女は一月の様子を嘲っているのか、真っ赤な唇に笑みを浮かべていた。
 女は真っ黒な爪をぺろり、と舐めて左手に持っていた何かを放り出した。ふわり、女の纏う羽が揺れて女の頬を擽る。空気にべったりと、粘着質な空気が纏わりついて来る。甘ったるい香は、女の香だった。一月はそれに歪む顔を、何とか抑え込みながら部屋の奥へ進む。

「サヴァ様、もうよろしいでしょうか」
「一月、御前は私を恐れているね。フフ、フフフ――、いい顔をしている。喰いたくなる」
「・・・、」

 戦慄だった。恐怖だった。だが女はそんな恐れ戦く一月の様子が大層面白く、気に入ったのか、フフフと笑みを浮かべ続ける。女の纏う漆黒の羽が揺れ、舞い上がり、一月を包み込む。漆黒のドレスから覗くまるで今にも透けて消えてしまいそうな白い肌。さらりと零れる絹糸の様な漆黒の長い髪が一月の頬に触れる。
 ぺろり、女は真っ赤な唇を舐める。一月の目の前には、まるで今にも一月を喰らおうとしている、獣がいる。怖いのだ、一月はそう自覚して身を震わせる。

「可愛いね。少し位、喰っても、いいだろうか」
「や・・・めて、下さい、サヴァ様」
「フフ・・・そうだね。まだ機は熟していないか。もう少し熟れてから喰うのが最善だろう」

 つ、と真っ黒な爪が一月の頬を這う。ぴり、と痛みが走る。何かが頬を伝っていく感触。瞬間的に血の気が引いた。この女は、自分を間違いなく、喰おうとしているのだと。一月は呼吸を止めた。だが浅い呼吸は尚も繰り返されている。
 女の赤い舌先が一月の頬を伝う血を舐め上げる。女の赤い舌先が、さらに赤くなって、一月の前に曝される。発狂――してしまえればどれだけ楽だろうか。

「フフ――、次へ行くとするか。このまま一月に発狂されては、私の楽しみが無くなってしまう」
「・・・、」
「言葉も出ないか。それもまた可愛いね、一月」

 ふわり、と漆黒の羽が舞い上がる。するりと呪縛が解かれた。けれど、だからと言って一月の精神が元にすぐ、戻る筈も無く。ただ真っ赤な絨毯の引かれた部屋で恐れ戦く一月は――発狂出来もしない自分を憎々しげに見詰め、そして背を向けた。
 大きなデスクは元の色が何色か解らぬ程、紅に塗れていた。それは間違いなく、女が施した色だった。


31.猛禽類の晩餐

(人間の形をしているだけで、既に彼女は人間ではないのだろう。)
2style.net