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清かに孤島を照らしていた満月も既に西の空へと傾く頃、普段は喧騒に満ちたアルレビス学園も、今は心地よい眠りの中にある。
卒業式を翌日に控え、学園は普段以上の静寂に包まれているようだった。
そんな夜更けの校庭をヴェインは一人歩いていた。一度は寝床に入ったものの、なかなか寝付かれず、それならいっそ月夜に照らされた学校を散歩するのも一興だと寮を抜け出してきたのであった。
どこへ行くともなく歩を進める彼の後ろから、明瞭な、しかし、どこか遠慮がちな声がかけられる。
「こんな夜中にどうして出歩いているんだい?明日罰として課題を出すからボクの部屋まで来るように……なんてね。こんな台詞も今日でお終いだな、ヴェイン」
振り向いた先には担任の姿。山奥の小屋で彼に見せた明るい笑みも、あの一件があった後はすっかり彼に向けられなくなっていた。
そんなゼップルが自分に声をかけた意図を訝り、ヴェインは思わず口ごもる。
「先生こそ……」
その言葉にゼップルはふっと表情を和らげると、彼の隣りへと歩みより、空を見上げた。
「いや、卒業式の前の日はいつも眠れなくてね。あんなことがあった、と過去を振り返ったり、この生徒たちはこの先どんな道を歩むんだろう、と思いを馳せたりしてるとね。特に今年は……」
そう言ってゼップルは一つ言葉を切り、真面目な顔でヴェインに向き直った。
「すまなかった、ヴェイン―」
担当する学生を信じてやれなかったことへの謝罪。自分を導く存在であった彼の心からの一言が、ヴェインの心に沁み渡っていく。
「いえ、先生、三年間ありがとうございました」
そうヴェインが答えると、ゼップルはいつも通りの人懐こい笑顔を見せた。最後の、そして最大の心残りがやっと晴れたと言いたげに。

「一つ聞きたいんだけど、君の力は今は……」
「なくなったみたいです」
「そうか」
簡単な言葉のやりとりだったが、ヴェインには、ゼップルが他への影響でなく自分の身を案じてその問いを発したのだということがわかった。
そのまましばらく二人は黙って空を見上げていたが、やがて唐突にゼップルが問う。
「ちょっと授業のおさらいをしようか。夜に一番力が活発になるのはどのマナだい?ヴェイン・アウレオルス」
「はい。闇のマナ、プルーアです」
「正解。そして、こんな満月の日には、本来プルーアとは相性の悪い光のマナ、エイテルの力が最大になって、相反する両者の力が微妙なバランスを生み出し、様々な不思議な現象を引き起こす。特に今日のようなその月二度めの満月、俗に言うブルームーンの時には光のマナと闇のマナが協力して人の願いを叶える、とも言われているんだ。どうだい、やってみるかい?ヴェイン」
「光のマナ、ですか……?」
途端にヴェインは微妙な表情になる。人を食ったようなあのマナに願い事を知られるくらいなら、何も願わずにいるほうがましだ。
「ははは、ロクシスの守護マナのことを考えているのかい?確かにあのマナに願い事を言った日には、たとえ叶えられてもそれ以上にやっかいなことになりそうだね。でも、プルームーンに願いを叶えるのは誰とも契約していない自然界にいるマナだ。その点は安心していいと思うよ」
考えていることを当てられたことにヴェインが気恥ずかしげな顔を見せると、ゼップルはまたも快活に笑い、そしてくるりと踵を返した。

「ヴェイン、ボクは祈っているよ。君の願いが叶うように。他人の願いではなく、君の、君自身のための願いが、ね」
そう言い残して去っていく後姿を見ながら、ヴェインは自問自答する。
(僕の願い……)
創造主の願いを叶えるために作られた人造マナであった自分。他人に心を閉ざし、この地に心の壁を作りだした自分。
あの一件の後も、そんな自分を自覚しているからこそ、願いを持つことが怖くなっていた。夢を見なければ、願いを持たなければ、絶望しなくてすむ。
しかし、この卒業式の前夜、ゼップルはそんなヴェインに彼自身の願いが叶うように、と言ってくれた。三年前彼を山奥の小屋から外の世界へ導いてくれたように。
新しい門出を前に、ヴェインの最後の心の縛りが消えていく。
(僕の、僕自身の願いは何だろう……)
柔らかい月光に照らされながら思いを巡らしているうちに、はっとあることに気がつく。
仕方ないことだと諦めていた。傍にいてくれるだけでいいと思っていた。でも、もしも今夜、願いが叶うなら……。
(もう一度、もう一度だけ―)
ぎゅっと目を瞑って満月に願をかける彼の背後に、音もなく忍び寄る影があった。

「にゃおん(どうした、柄にもなく感傷に浸っているのか?)」
「サルファ!!!」
「みゃう〜(やめろ、よせ、苦しい)」
黒猫の抗議にも構わず、ヴェインが彼を抱きしめる。それでもサルファは本気で嫌がってはいないようで、その証拠にヴェインの手から逃れた顔を彼の頬に擦り寄せる。
「サルファ……また話せて嬉しいよ」
「……にゃ(まぁ……そうだな。悪くはないな)」
語らいのためにヴェインがその場へ腰を下ろすと、サルファもすとんと彼から飛び降り、その傍らに丸くなった。

移ろいゆく光に浮かび上がるのは、一人の少年と一匹の猫。
蒼い月が見せた小さな奇跡を胸に、少年は明日旅立つ。

旅立ちのブルームーン

赤属性index

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公式でもファンサイトでもすっかり定着した感のある「へたれゼップル先生」をシリアスバージョンで。
ゲーム中最後までフォローイベントがないことに物足りなさを覚えた人も多いのではないでしょうか。
ということで、自分なりに考えたヴェインとの和解シーンです。
ブルームーンに願い事をすると叶う、という言い伝えは本当にあるようですが、マナケミアの世界に
それを当てはめるのはなかなか苦労しました。

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