世界にたった一つの、アナタだけの大きな画用紙。

 それにアナタは何を描きますか?



「なーにやってんの?隊長」

 裏庭で一人佇んでいるのを発見し、昔と変わらない呼び名で、ヨザックがコンラッドの事を呼んだ。
 呼ばれた事に気付いたコンラッドは振り向き、口の前で人差し指を立てる。
 静かに、と言いたいようだ。
 不審に思って近づいてみると、その理由が分かった。
「…なーる」
 彼の視線の先にいたのは、規則正しい寝息をたてて眠る、魔王陛下と、その隣で彼に寄り掛かって眠っている大賢者様。
 右手にはペンを握っている。
「本当はココで地球での勉強をしていらっしゃったんだけど、飽きてしまったみたいなんだ」
 微笑みながら、小さな声でコンラッドがヨザックに教えた。
 確かにユーリが伏せている机の上に、数字や不気味な絵が書かれた紙切れがいくつも重なって置いてある。
 紙にはその他、彼らの生まれ故郷の文字も書いてあり、その部分はコンラッド達には読むことが出来なかった。
 しかし前者から、歴史の勉強をしている事くらい、容易に推測できた。
 ヨザックはイタズラっぽく口元を上げ、ニヤリと笑う。
「先に飽きたのはどちら様?」
「こちら様」
 間髪入れずにユーリの方に顔を向けた。
「陛下は長い時間、同じ所に留まっておけない方だからな」
「だよな〜。だからって、猊下まで寝る必要なかったと思うんだけど〜」
「『渋谷が寝るなら僕も寝てやるっ!』と、いじけ半分でね」
「あー…猊下らしい」
 腹から込み上がってくる笑いを押し殺し、ヨザックは表面だけの笑みも引っ込めた。
 冷たいとも温かいとも言えないぬるい風が、二人の間を無言で吹き抜けていく。
 だけどその風に湿り気はなく、雨の気配はからきししない。
 雲も規則正しく、いつも通りの方角に流れる。
 暫くの沈黙の後、不意にコンラッドが口を開いた。
「なぁヨザ、俺達にはこんな日々が赦されるのかな」
「え……?」
 この男はたまに意味の分からない事を言う。
 あまりに唐突で、意図を掴めない言葉に、ヨザックは一瞬口を吃らせた。
 言った張本人は花壇の縁に腰掛け、態勢を落ち着けた。
 さっきまで見せていた微笑みは、完全に彼の顔から消え失せている。
 代わりに絶望にも似た、悲しげにも、淋しげにも見える表情が、そこにはあった。
 まるで仮面を外した素顔がそれであるかのように、今の彼はその通りの雰囲気である。

 そう、あの頃みたいに。

「…20年前の事、まだ気にしてんの?」
 ほぼ直感でそう考えたヨザックは、少し音量を落として聞いてみた。
 それが正解か否かなんて、顔を見ればすぐに判るのだが、あえて彼の口から答えが返ってくるまで黙る。
 ちょっとしたらコンラッドは困ったような笑みを浮かべ、判ってるくせに、と口を動かした。
「あの戦争を体験した者が、あれを気にしてないと言ったら、それは確実に嘘になるだろ」
「まあな。オレだってそうだし」

 悲惨で、残酷で、涙の一つも許さない出来事。

 それは誰にとっても、気が滅入るようなモノでしかない。

「でもよ、なんか今更って感じがすんだよなぁ」
「? どうしてだ?」
「そんなん、今のお前の様子からして、ほとんど気にしていないんじゃねーかなーって思ってたからに決まってんだろー?」
「まさか」
 コンラッドが小さく肩を竦めてみせる。
「気にしてるよ、いつも。ただ……」
「ただ?」
「ユーリ達が勉強をしているのを見ていて、少しいつもより強く思ってしまっただけだ」
「ふーん…」
 彼の台詞を受け、ヨザックは緊張感のカケラもない少年たちに視線を落とした。
 彼らがさっきまで勉強していた科目は、確か歴史だ。
 多分、地球の歴史だろう。
「陛下と猊下がお生まれになった世界にだって、ずっと戦争がなかった訳じゃないと、知っていたんだけどね」
「そりゃ、沢山の奴がいりゃ、争いは起こるだろうからな」
「ああ。猊下の話だと、世界を巻き込んだ大きな戦争は、今からおよそ60年程前に終戦したらしいよ」
「60!まだオレらがガキの頃じゃねーか」
「ユーリは生まれてもいないね」
 本当は魔族なら、あれくらい大きければ、自分の弟と同じくらいの歳なのだが、彼の場合、コチラとは訳が違う。
 地球という世界はどんなモノにも平等で、魔族も人間も、同じペースで年を取る。
 それが吉か凶か、若干16歳にしてこの外見。
 妙な視線を感じたのか、ユーリはしかめっ面で、口から小さく唸り声を漏らした。
 コンラッドは彼の背中を数回優しく叩き、宥めながらも、さっきから見せている表情を崩さない。
「猊下も…まだお生まれにはなっていない。けれど4000年もの記憶があるんだ。その中に、戦争の記憶の一つもあるだろう」
 勿論推測しなくたって、あの時代からの記憶があるというのだから、それくらい判る。

 大昔の、どんな戦争よりも過酷であろう、創主たちとの闘い。

「実際、俺達の周りで本当の戦争を体験していないのはユーリだけだろうな」
「そりゃね。坊ちゃん戦争に関して殆ど知らないし」
「まぁ、俺はそれが良いと思うんだけど」
「は?」
 コイツは本当に何が言いたいんだと、ヨザックは眉をひそめた。
 もう長いこと腐れ縁で付き合っているが、本当に何を考えているか分からない。
 そんなヨザックを知ってか知らずか、コンラッドは理由を話し始めた。
「ユーリは戦争を知らない。地球にはコチラより進んだ技術があって、『戦争』がどういうモノか分かっていても、『戦場』を知ることは出来ないのだから」
「戦場に行った奴しか知り得ないから?」
「そう。赴かなくとも、あの時に生きていた者なら皆、戦場に身を置かれていたよ。でも…」
 預けていた身体を縁から離し、続ける。
 それはあまりに残酷だった。
「否応なしに両手をを赤く染めなくてはならない。いつしか身体だけでなく、心まで真っ赤に染め上げられる」
 その意味が判って、いつしかヨザックは黙り込んでいた。
 あの時は、確かにそうだったのだ。

 どんな色をしていても、皆同じ色にされた。

 違う意思を持つことも許されない。

「…画用紙に何を描くのも自由なのに、な」
「良い例え方だな、ヨザ。確かにそうだよ。だから俺はユーリが良いと思うってコト」
 一番始めに見せていた微笑みを浮かべ、コンラッドは自分の手をその少年の頭に軽く乗せた。
 昼間の太陽の光に照らされていた漆黒の髪が、ほんのりと熱を帯びている。
「さっきも言ったけど、ユーリは何も知らない。真っ白なんだ。純粋に歩むべき道を自分の意思で進み、今を生きている」

 それは、自分たちが歩まねばならなかった、『本当』の道。
 人間だって魔族だって関係なく、誰もがその道を選ぶハズだった。

 戦争という、行き止まりさえなければ。

 ただ羨ましいだけなのかもしれないな、とコンラッドは心の中だけで苦笑する。
「…俺達がどうしても出来なかった事を、彼がやってくださっている。沢山の色を使って、大きくて真っ白な画用紙が、少しずつ埋まっていくんだ」
「決して赤色を使わず、だろ?」
「!?」
 らしくなく、目を丸くして驚く幼なじみを見て、ヨザックは思わず吹き出した。
「…っぷ!ひゃははっ!面白い顔ー!久々に見たぜー!」
「ヨザック…お前……」
「やだぁ、そんな恐い顔でグリ江を睨まないでちょーだい!条件反射で攻撃しちゃうわよー?」
「………」
「いや、本気で恐ぇから止めて」
 元はと言えばふざけたヨザックが悪いのだが、コンラッドの悍ましい殺気を見ると、彼の方が憐れになってくる。
「真面目な話を反らすお前が悪い」
 全くもってその通りなので、ヨザックは歯向かわず、苦笑いだけを浮かべた。
「でも初めのは当ってるでしょ?坊ちゃんは、何があろうと赤色を使わない。使わなくてはいけない所は違う色で補う。遠回りだとしても、頑固にそれだけは守っているってやつ」
「…あぁ、それは当ってると思うよ。俺もそう思うからな」
 ユーリの頭の上に置いていた手をそっと下におろし、今度は顔を覗き込んだ。
 まだ夢の中を散歩中のようだ。
 瞼は微動だにせず、上と下が仲良しこよし。
 可愛らしいことこの上ない。
「他にもユーリは、真っ赤に染まった俺の画用紙を、白いクレヨンで塗り直してくれてる気がする」
「くれよん?」
「地球の文具の一つだよ。色そのものが形になっている筆記用具みたいな感じ」
「へぇ〜。それで、それが何だって?」
「さっき言ったばかりだろ?赤色と化した俺の画用紙を、再び白く塗り直してくれているって」
 コンラッドは半ば呆れた顔をしていたが、その表情はどこか嬉しそうだった。
 まるで、これを話せる事が幸せだと言うかのように。
 ヨザックもまた、彼と同じ意見を持っていた。
「そーだな。オレもそう思う。完全に元に戻す事は不可能かもしれないけど、一生懸命に自分が出来る事をやろうとしてるんだろうなって感じるし」
 本人に聞けば、きっと何もしていないと言うだろう。

 ユーリはただ、皆の側にいて、いつも笑顔でいるだけなのだから。

 時には怒ったり、悲しんだり、驚いたりするが、たいていの場合は楽しそうに笑っている。

 その笑顔が、自分達以外にも、どれだけの人の心を癒しているかなんて計り知れない。

 コンラッドは優しく微笑み、天を仰いだ。
「そう思うと何故か、自分にこんな日々が赦される気がするんだ。幸せになったって良いんじゃないかなんて考えられる」
「…結局、そういう結末になるんだな〜。まぁ、良いケド」
「う〜…何の話してんの、二人共……」
 運が良いのか悪いのか、ちょうどその時にユーリが起きた。
 寝ぼけ眼をこすりこすり、伏せていた身体を起こし、腕を空高くまで伸ばす。
 すると必然的に、ユーリに寄り掛かって寝ていた村田も(ずり落ちて椅子に頭を打ちつけ)起きた。
「イタタタ…最悪の目覚め方しちゃったよ……あれ?ヨザック、血盟城に来てたの?」
「えぇ、まぁ上司に呼ばれたんでね」
「上司…グウェンダルの事か。グウェンダルならさっきアニシナさんに捕まってたような気が…しなくもない」
 何故今一瞬、ユーリが言うのを躊躇ったのかというと、自分が言う『さっき』がかなり前の事だと気付いたからだ。
 一応、かなりの時間昼寝をしていた事は分かっているらしい。
 現実逃避も含めていたので尚更。
「大丈夫だよ、ユーリ。まだグウェンの安否は確認出来てない」
「それって……うん、そうだな、きっと」
「まだフォンカーベルニコフ卿の実験から抜け出せないんだろうね〜。愉快愉快」
「…村田、お前人が言わないようにしていた事を……」
「えー、真実なんだから良いじゃーん。それに、他人の不幸は笑い事でしかないよ?」
 なんて心にザックリと傷を付けるような事をいうんだろう。
 心底面白そうに目を細め、村田は眼鏡をかけ直す。
 何気ない行為だったが、ユーリにはものすごく嫌な予感がした。
「む、むら……」
「さ、渋谷、勉強を再開するよ!まだ第一次世界大戦も終わってないんだから!!」
 予感的中。
 ユーリは人知れず声にならない悲鳴を上げて、逃げられない自分の状況を恨んだ。
 テストさえなければ、テストさえなければ……!!
 そんなユーリの心情を、村田以外の誰も知るよしもない。

 コンラッドとヨザックはさっきまで話していたことを心の奥底にしまい、その様子を眺めていた。



 昔は今に直結している。
 だからといって、それが永遠に続くわけじゃない。

 何かがキッカケで幸せが訪れるかもしれない。

 もしかすると、そのキッカケが何かを奪っていくかもしれない。

 でも、どうせ先なんて分からないんだと割り切る事も出来ない。

 アナタだけじゃない、誰だってそう。
 きっと私も同じだから。
 私が今何を持ち、何を描こうとしているか、自分にだって判らない。
 だけどそれでいいんじゃないかな。


 自分の気の向くままに手を動かせばいい。

 それが答えであり、未来でもあるんだから。 

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あとがき

こんばんわ!いや、こんにちは?どっちでもいいや、紅葉ですw
アンケ小説やらずに何書いてんだって感じですが、まぁ、お気になさらず!
書きたいものは書きたいときに書く!
じゃないと、絶対にネタを忘れるよ!!(←本心

最近コンラッドネタが多いですが、まぁそれは・・・コンラッドがシリアスに向いてるからで。
つーか、コンラッドを出そうとすると、どうしてもシリアスになってしまうのは何故だろう・・・
まぁ、いいや。(ぇ

それでは、ここまで読んでくださって有難う御座いましたw
またどこかで会いましょう。

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