「お前のことは、俺が守ってやる」

 アデルがあの時、余に言った言葉を反芻すると嬉しさが込み上げてくる。
 何があっても守ると言ってくれた。
 何があっても傍を離れないと誓ってくれた。
 なのに彼は隣にいない。
 手をのばしても、届かない――



「喧嘩したぁ!?」
 エトナは素っ頓狂な声を張り上げてしまった。
 隣にハナコを連れて、ただ今人間界ヴェルダイムに来ている所だった。
 理由は、ハナコの母親からの手紙。
「『ロザリーちゃんの元気がないので励ましてあげて』って言われて、ハナコが心配だから行こうって言うから来たのに……何よそのどーでもいい理由」
「どうでも良くない! 余には……余にとっては死活問題なのじゃぞ! 愚弄するな!」
「あーはいはい、分かったわよ。だから泣くな」
 目に涙を溜めて訴えるロザリンドの姿は、ヴェルダイムが魔界であった頃からは想像もつかない。
 自分がここを離れてから一体何があったのだろうか。
 手紙で、アデルとロザリンドはラブラブすぎて喧嘩もしないとあったのに、今彼女が激しく落ち込んでいる理由は「喧嘩したから」。
 いよいよどうしてそんなこてになったのは検討できない。
 エトナは諦め、深くため息をついた。
「……で、喧嘩の原因って何よ」
「エトナ……仲直りの手伝いをしてくれるのか!」
「しょーがなくよ、しょーがなく。ハナコも心配して帰らないだろうし、ハナコの付き添いであたしが来てるんだから、さっさと事済ませなきゃ帰れないんだもの」
「面目ない……恩に着る、エトナ、ハナコ」
「んで? 何で喧嘩したの」
「あー……」
 途端、ロザリンドの表情が曇る。
「……またしょうもない理由なんでしょ」
 エトナの鋭い質問に、ロザリンドは渋々頷いた。
 本人に自覚ありとなると、本当に些細なことで喧嘩になったようだ。
 今日はため息しか出てこない。
「まぁ、いいわ。取り合えずちゃっちゃと仲直りしちゃいなさい。ごめんなさいって言えばいいだけでしょ」
「原因は余じゃ……今更どんな顔をしてアデルに会えば良いと申す」
「あんた意地っ張りだからねー。それは今でも変わらないんだ」
「変われるものならとうに変わっておる。余から謝りたい気持ちもある……ではないな。余から謝らねばならぬのじゃ。今回悪いのは全面的に余だからのう」
「そりゃアデルも仲直りし辛いでしょうねぇ。両方悪いならあっちから謝るでしょうし。まさか喧嘩が久々すぎて謝り方を忘れたなんてことはあり得ないわよねー」
「うー」
 がくりと肩を下げ、ロザリンドは俯いてしまった。
 相当病んでいるようだ。

 仲直りしたくてもできない――その気持ちはエトナにだって分かる。

 悪魔なんて素直じゃない生き物は自分から頭を下げたりはしない。


 あの頃の自分がそうだったから。


 似ていると感じた。
 ここに初めて来た頃の、自分と。
 だからこそ、エトナには仲直りの方法が分からない。
 自分だって分からないのに、誰かに助言なんてできるはずがなかった。

「エトナは、どうやって仲直りしたのじゃ?」
 聞かれたくない質問に、エトナの心臓が跳ねる。
 何で今更聞くの、と心の中で舌打ちをした。
 そんな内心を悟られないよう、いつものように軽い口調で答える。
「そりゃ、あの時悪かったのは陛下だし? 陛下があたしの食べたかったプリンを買ってきてくれて、それで仲直りよ」
「プリンでそこまで怒れるエトナに感服じゃ」
 甘い物があまり好きではないロザリンドには、理解できない理由のようだ。
「あ、そーだ!」
 ぽん、と手を叩き、ハナコが言う。
「何か兄ちゃんの好きそうなものをプレゼントすればいいんだよ。ロザリンお手製なら絶対喜ぶって」
「あやつの好きなものが戦闘書以外思いつかんのだが」
「そりゃえらい極端な意見ねぇ」
 さすが戦闘オタクね、とエトナ。
「まさかロザリンに戦闘書なんて書けないだろうから、手作りのお菓子とか……ダメね、壊滅的だもの。嫌がるはず」
「だけど前に食べて昇天しかかったのに美味しかったって思ってるんでしょ、兄ちゃん。泣いて喜ぶよ」
「いえ、免疫がついてて食べた途端ぽっくり逝くかもだわ」
「余の料理は蜂の毒かなにかか。言いたい放題言ってくれるのう」
 ロザリンドが不機嫌そうに唇を尖らせる。
 だが自覚はあるのか反論はしなかった。
 すると、ハナコがあっと声を上げた。
「そうだ! じゃあさ、手編みで何か作ってあげるのはどう? マフラーとか手袋とか」
「手編みで……か。難しくないか?」
「だいじょーぶ、単純作業だから結構すぐにできると思うよ」
 不器用でも問題ないから、と付け加える。
 ロザリンドもしばらく悩んでいたが、やがて腹を括って、ハナコにマフラーの編み方を教えてもらうことにした。
 早速三人はロザリンドの自室に入り、毛糸と編み棒を手にマフラーの製作に取り掛かった。
 何もすることのないエトナは、ベットに転がりながら二人の様子を眺めていた。
「なんだかなぁ」
 懸命なロザリンドを見て、彼はどうだったのだろうかと疑問になった。
 元より愛があったとかそういうのではないのだが、喧嘩をして口を利いていないという状況は似ている。
 あの時のラハールは、自分を想ってくれていたのだろうか。


 こんな、一生懸命に。


 わざわざ苦手な女の子たちに挟まれて、プリンを買ってきてくれたのだ。
 それは彼なりの一生懸命だったのかもしれない。
 だとすれば。


「……こんなに想ってもらえるんだったら、怒れるわけないじゃない」
 過去の自分と今を重ねて、そっとそっと呟いた。



「エトナ! 来てたのか!」
 夕方になり、父親と一緒に畑仕事に行っていたアデルが帰ってきた。
 それを見計らって、エトナは村の入口で待ち伏せしようとしていたのだが、ちょうどタイミングが良かったようでアデルと鉢合わせしてしまった。
 これはこれで都合はいい、と考えることにする。
「まあね。ハナコがこっちに来るっていうから、陛下に付き添いで行けって言われちゃってねー。ハナコもそんな子供じゃないのに」
「ハナコが? どうしてまた……母さんに会ったら説教だろ」
「野暮用よ、野暮用」
 まさか自分の喧嘩の仲立ちに来ただなんて言えるはずもなく。
 エトナはいつものようにからからと笑った。
「そんなことより、ちょっと付き合って欲しい場所があるんだけど」
「珍しいな、エトナが俺を誘うなんて」
「そーかしら」
「まあな。今日は俺が夕飯作ろうと思ってるからあんま時間ないけど、それでもいいか?」
「十分ありゃじゅーぶん」
 エトナが答えると、アデルは「分かった」と承諾してくれた。
「んじゃ、こっちに来て頂戴」
 エトナは踵を返し、アデルを村の一角にある大木の前に案内する。
 そこにいたのは――

「ロザリー!?」

「アデル!」

 予期せぬ待ち人に、アデルは目を見開き、呆然としていた。
 その間にロザリンドが彼の元に駆け寄る。
 そして、手に持っていたものを強引にアデルの胸に押し付けた。
 「やる」
 目をしっかりと見て、力強く言い放つ。
 何が起こったのか唐突に理解できていないアデルだったが、そっと自分に押し付けられたものを手に取った。

 広げてみる。

 それは不格好に長いマフラーであった。

「アデルに……あげるために一生懸命編んだのじゃ。終わり方が分からなくて長くなりすぎてしまったのじゃが、でもっ……アデルのために編んだからっ……」
 次第に瞳は潤んで、声は尻窄まりして。
「……アデル、すまなかった」
「ロザリー……」
 アデルはゆっくりロザリンドの傍まで寄った。
 そして、彼女の頭を優しく撫でてやった。
「俺こそごめんな。ついカッとなったりして、大人げなかったよ。今日の夕飯はロザリーの好きなもん作ろうと思ってたから……何か食いたいものあるか?」
「シチューがいい」
「はは、そういうと思った」
 アデルが笑うと、つられてロザリンドもはにかむ。
 それから我慢してましたと言わんばかりにアデルの胸に飛び込んだ。
 アデルはそんなロザリンドを大切そうに抱きしめ、再び頭を撫でてやった。
 傍らでエトナに見られていることを忘れて、二人は抱き合っていた。
 最初は何も言わずに眺めているだけだったエトナだが、次第に目のやりどころに困り始めたのか、ゴホン、とわざとらしく大きな咳払いをした。
「む、エトナ。どうしたのじゃ」
「どうしたじゃないわよ! いちゃつくのは家の中だけにして!」
「えー」
「えーじゃない! 仲直りは済んだんでしょ!? アデルもご飯作りなさいよねっ」
「もうちょっとロザリーと一緒に……」
「い・い・か・ら・は・や・く・し・ろ」
 片手にプリニーをわしづかみ、高く振り上げる。
 これには流石の二人も頭を上下に振った。
 抱き合うのをやめ、けれど仲良く手を握って、自宅へと小走りに向かっていった。
 その場に残されたエトナは、振り上げたプリニーを適当な場所に投げ捨てる。
 そして、長く長く、ため息をつくのだった。


「やれやれだわ」


 仲直りをするのは難しい。
 仲直りを仲介するのは更に難しい。
 ほんの前のフロンを思い出し、エトナは苦笑いするのだった。

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あとがき

アデロザをメインに書くはずがいつのまにかラハエトに?
いいとこをメインから掻っ攫うのは良くあることです。あることですが。
ちなみに、今回お話の中で書けなかったのですが、ラブラブな二人のケンカの原因。
「ロザリーが髪を切ったけどアデルが気付かなかった」です。
髪を結わいてる人ほど髪を切った事なんて気付かないものですよね。私はそうでした。

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