第14話 助け舟
ひたすら足を動かした。疲れなんて、感じていられる状況ではなかった。
透明になっているとはいえ、悪魔の数メートル近くを通るときには緊張した。
悪魔のものか、精霊たちのものかは分からないけれど、悲鳴が聞こえる。
「あっ・・。」
ふと、体が重くなり、少し前にウェーラさんの姿が現れた。
「呪文が解けたぞ!!もっと急ぐんだ!!」
後ろから男の精霊の声が飛んできた。辺りには細い木が所々立っているだけで、
隠れられそうな所はほとんどなかった。
「どっ・・どこまでっ・・行くつもり・・なんですか?」
ウェーラさんが息を切らしながらも問いかけた。
女の精霊は軽く手を振るだけで何も言わない。ついてくれば分かる、ということらしい。
“ズドォォォォッッッッン”
森のほうから轟音がした。全員思わず立ち止まり、後ろを振り向いた。
精霊とトキ達が居るはずのところから巨大な火柱があがり、雲を貫いた。
「な・・何・・・・?」
「悪魔の仕業じゃなきゃいいんだけどな・・。あんなんくらったら一たまりもねぇや。」
体から血の気が失せていくのを感じた。トキ達は無事なの・・・・・!?
「さぁ行くよ。いつ悪魔が来るか分からないんだからね。」
女の精霊は何も気にしていない風に道を進み始めた。
だけど私の足は中々動き出さない。まるで他の誰かが歩く事を拒んでいるかのように。
ウェーラさんが私の手を引っ張ってきた。
「アーミャさん・・・。行きましょう?」
「できないよ。」
「アーミャさん!」
「みんなが危険な目にあってるかもしれないのに逃げるなんて出来ない!!」
「アーミャさんっっ!!!」
ウェーラさんの鋭い声が飛び、私は無理やり振り向かされた。
恐る恐る見上げたウェーラさんの表情はいつもの温和なウェーラさんからは想像の出来ない
厳しいものだった。
「私はトキさんやセルディ様が悪魔にやられてしまうわけはないと信じています。
アーミャさんは違うんですか?」
冷静なウェーラさんの言葉を受け、私はさっきの自分の行動が恥ずかしくなっていく。
みんな・・みんな私達のために戦ってくれているのに・・。
ここでみんなを信じて逃げないと、みんなを裏切る事になる。
長老様を、セルディ様を、トキを、そして多くの精霊たちを――――・・。
「もちろん・・信じてるよ。」
「では早く逃げましょう。彼らならすぐに戻ってきますから。」
ウェーラさんは握っていた私の手を今度は優しく引き、私の足も動き出した。
朝の薄暗い状態に加え、辺りは濃い霧が立ち込め、視界が悪くなってきた。
半透明の精霊の姿は、薄い影のようでしかなく、少し目を離したら多分すぐにはぐれる。
どれくらい歩いたんだろう・・。まさかまたずっと歩き続けるなんてことは絶対に嫌!!
それでも前方は霧で真っ白で、何があるのか分からない。
そんな状態の私の鼻が、懐かしい匂いを嗅ぎつけた。
「あれ・・?これって・・。」
「どうかしましたか?」
「この匂い・・・海――――・・・?」
独特のしょっぱい匂い。耳を澄ますと、かすかに水の音が聞こえてくる。
前にいる影が立ち止まった。
「やっと着いたか。二人ともお疲れさん。」
後ろにいた男の精霊も立ち止まり、やっとその声に安堵の色を見せた。
だけど私にはどこに着いたのかがさっぱり分からない。未だに目の前は霧ばかりなのだ。
「どこに着いたんですか?何も見えないんですけど・・。」
「もうじき分かるよ。」
女の精霊がそう言うのと同時に、視界が急にはっきりしてきた。
そして霧がすっかり晴れたとき、やっと目の前の景色が姿を見せた。
海岸、シャラの海と同じ色をした海、そして・・・
「船?」
巨大な船が一隻、海の上に浮かんでいた。

「これぞ助け舟だな。天界からのな。」
天界からの助け舟ってことは・・私、天界に帰れる!?
「ふあぁぁぁぁ〜〜〜〜・・・・・っっ・・良かったぁぁぁ・・。」
情けない声を出して、私はその場にへなへなと座り込んだ。というより、崩れ落ちた。
立ち上がろうにも、体の力がすっかり抜けて立ち上がれない。
船から誰かの顔が見え、その人が手を振り上げると船から海岸に橋が落とされた。
「さあ乗るよ!立った、立った!!」
女の精霊に腕を持ち上げられ、弱弱しくと立ち上がると、今度は元気が出始めた。
慌しい自分の変化に少し情けなさを感じるけど、今はそういう感じ。
そして、船に向かって歩き出した時だった―――・・。
「おっ!間に合ったか。」
「良かった。みんな無事に逃げ切れたんだね。」
トキの声、そしてセルディ様の声が私の後ろから聞こえた。そして・・
私が後ろを振り返った時、精霊たちの勝利の歓声が巻き起こった。
精霊たちと別れ、船に乗るとすぐ、私達は船員に案内され、食堂へ向かった。
「やっと御飯だよーっ!ここ最近ちゃんと食べてないからお腹ぺこぺこ!」
スキップで食堂へ向かう私を、トキが呆れ顔で見る。
「やっと最近おとなしくなったと思ったのに、やっぱりお前はお前か。」
「仕方ないじゃない。騒ぐ元気なんて無かったんだから!」
トキは「確かにな。」と言い、軽く笑った。
「ここが食堂です。お入りください。」
廊下の突き当たりの扉に着き、船員が扉を開いた。
さあっ!!アーミャと美味しい御飯のご対面〜〜〜〜〜っっ!!って・・・
「あら?」
御飯があるはずのテーブルの上には何も無く、そのかわり、テーブルの周りには深刻な
顔をした男が、五人ほど集まっていた。
突然私が扉の前で立ち止まったので、トキ、セルディ様、ウェーラさんが中を覗き込む。
「あっ・・これはこれは・・。」
テーブルを取り囲んでいたうちの一人が私達に気づき、他の人もこっちを見た。
「お疲れのところ呼び出してしまいすみません。どうぞ席にお座りください。」
一人がそういうと船員によって椅子が用意され、テーブルの周りに置かれた。
トキにせっつかれ、わけも分からず席につくと、料理ではなく、ただ一杯の紅茶が置かれた。
「天界からの迎えだと聞いていたが・・なぜ天使ではなくエルメンがいるんだ?」
そう聞いたのはセルディ様だった。いつもの冷静な顔で前にいる人を真っ直ぐと見ている。
「この船に乗ったときからおかしいと思っていた。船員は全員エルメン、天使の姿など
どこにもない。天界からの迎えなら天使がいるはずだろう。」
そういえば気にも留めていなかったけど、さっきの船員もここにいる人たちも、羽を持っていない。
「わぁぁっ・・するどいですね、さすがは賢者エルフィン。あっすみません!!」
感服した様子で話しに入ってきた若い船員をトキが睨み、船員はあわてた様子で戻って行った。
「どういうことなのか、説明してもらおうか。」
セルディ様はそう言ってから手を組み、あごを乗せて下を向いた。
「ふっ・・私たちはそのことを話すためにあなた達を呼んだのです。」
男の一人はため息をついて、椅子に座った。
「僕の名前はケール、この船の船長です。」
ケールさんは船長にしてはかなり若く、20代前半のように見えた。
細身で、少し頼りなさそうな印象を受ける。
「えーと・・ではまず、結論からいいましょうか・・。」
ケールさんの言葉に全員、耳を傾ける。深刻な表情からは、それがただ事ではないということが分かった。
「実は・・天界へ通じる道が全て塞がれ、天界に帰ることが不可能になったのです。」
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