| Cat Helper |
どうして此処は暗いのだろう。 真っ暗で、何も見えない。 誰かが高らかに笑っている――――・・・ 「おい、仕事だ!寝ぼけていないで早く出て来い!!」 「・・・はい・・・・・・」 錆びついた音を立てて、鉄格子は開いた。 ひんやりとした床から立ち上がって外へ出る。 「半年の契約だ、絶対にこの前のようなミスをするんじゃないぞ」 身長は低く、脂肪は横に蓄えているような男は、鉄格子から 通路に出た一人の子供に言った。男の顔はニキビだからけで唇は 膨れ上がっている。新調したようなスーツに、指には大きな宝石の 付いた指輪。髪は少し禿げていた。 「もし前のような事になってみろ、今度こそドブ川に捨ててやる!」 「・・・はい・・・」 「30分以内に部屋に行って着替えてこい。汚い格好だったら・・・ 分かっているな」 ガチャッと扉を開けた。上へ登る階段。その上からはシャンデリアの 光が差し込んでいる。 「分かりました・・・早急に済ませてきます・・・」 子供は一礼し、階段を駆け上って行った。 金持ちの中で広まっている"子供"。この国は、裏で人買いが盛んな 国である。中心部となると、全ての家に子供が扱き使われている。 そんな時代。 資本社会とまではいかないが、苦しい時代。 2・3年前の隣国の戦争で、両親が戦争に派遣されてしまい、ゴミ 置き場で生活するストリートチルドレン。我が子を高い金で売って しまう大人。自ら人買いへ名乗り出る者。 これから行われる"契約"も、これに関連していた。 「すみません、今他の者が呼びに行っておりますのでもう少し お待ちください・・・」 接客用の部屋に戻る醜い男。地下室から出てきて20分は経っていた。 「・・・いいですよ・・・」 その大きなテーブルに置かれていたコーヒーを飲んでいた客は 微笑んで言った。 それは大人というより青年だろう。男とは違い、整った顔立ち。髪は 栗色の色素で輝いている。特に目立った宝石類は付けていない。 好青年といったかんじである。 「いやいや、まさかあの会社の社長様が契約なさるなんて夢にも 思いませんでした」 男は椅子に腰掛けて、その歯垢まみれの歯を見せるように笑った。 「そんなに驚くことじゃないでしょう・・・使用人の契約は何処でも 行われてるんですから」 「それもそうですね。しかし、"あの子供"のみで半年契約は今まで なかったことですよ」 「途中で契約を取り消しできるなら、それくらいが妥当と思った・・・ それだけです」 カチャッと青年はカップを置く。 「そろそろですね・・・」 ちらりと男がロレックスの腕時計を見て呟いた。 その時、一人のメイドが入室し、男に耳打ちした。 「・・・後に掛け直すと言っておけ・・・」 メイドは2人に一礼して部屋から出て行った。 丁度そのすれ違いだろうか。 小さなノックの音が男の耳に届いた。 「入れ」 キツイ口調で一言。 「・・・失礼します・・・」 澄んだ声が開かれたドアの隙間から入ってきた。 その扉から現れたのは、地下室から呼ばれてきた子供。 だが、その姿はまるで違う。地下室では埃だらけだった髪や肌は 汚れがない素の色。服はボロ布から潔白とされたメイド服に 変わっていた。 そして奇妙なところが1つ。 「・・・・・・・・・本当にあるんですね・・・」 青年が多少の驚きを言葉に含めた。 その子供には、猫耳と尻尾が生えていた。 「これがなかったら契約の意味がないじゃないですか」 口を歪ませて笑う男。 「この子供が契約する子供、"リョーマ"です・・・どうですか?」 「外見は合格ですよ」 微笑みを浮かべた青年は言った。 「用紙にも記載していた通り、性別は男ですよ」 「・・・・・・」 「いえ、僕はそこまで気にしないので」 青年は一度契約するメイドに視線を向けた。 「それでは、同意してくださるならサインをお願いします。今日から お持ち帰りくださって結構ですので」 にたりと笑う男。対照的に、綺麗な微笑みを浮かべる青年。 「分かりました」 用紙の右隅に、黒い文字が書かれた。 今の最新技術から、一人の男は考え出した。 "動物と人間を融合させる"計画。 人買いから子供を数人、道端の子供数人を実験体に研究は 進められた。莫大な資金は全てこの男からのモノ。 様々な動物のDNAの研究。そして理想の細胞の作成。優秀な 科学者を雇い、研究は日に日に進歩していった。 そして1年前、メイドにできる顔立ちの良い子供、男女1人ずつ 買い、出来上がった薬、手術・・・あらやる手段を使って完成したのが あのメイドだった。ただ、女の方は身体が弱かったらしく、完成した 5時間後に死亡した。 男は完成したメイドを商売に利用した。猫耳という、人間にはない 魅力を持つメイドをモノとして売り出すのだ。売り出すといっても、 それはレンタルに近い。1ヶ月につき100万。契約は途中で取り消し 可能で、余った期間の金は返金されるシステム。 その情報に、青年は興味を持った。 「はい、着いたよ・・・」 男の屋敷から2時間前後。ようやく車は休憩についた。 「・・・・・・・・・・・・」 緑の床に足を降ろす。 第一印象は古い洋館。 敷地は高さ3メートル弱の格子で囲まれており、門の周りは壁となって いて、そこに表札とインターホンがある。門はどうやらこの車だけは 自動に開けるようだ。来客は家のほうで確認してから開けるらしい。 もちろん、自動で扉は閉まってしまう。その門の奥にある緑色の庭は 広く、一般の家が2.3件は余裕で建てられる。門から屋敷まで小道が できており、そこを車が走行する。大きな屋敷はレンガの造りで色は 赤茶色。玄関の扉が金色に見えるのは、恐らく目の錯覚ではない。 「・・・あの、車は・・・?」 玄関に荷物を持って待っていたリョーマは青年に聞いた。 「車はまた後で使うからこのままだよ」 運転席から小さな荷物を持って、玄関の鍵を取り出す。 「どうぞ」 扉を開けると中に入るように促される。 外は古い印象なのに、中は今現在の金持ちと変わらなかった。 天井にはシャンデリア、そしてどこかで見たことがある有名画家の 絵。床には赤い絨毯がひたすら伸びており、壁には小さなランプが 飾られている絵を照らしていた。 「・・・・・・・・・」 何回見ても、金持ちの家というのはスゴイ。あの男の家も十分に 豪華なのだが、やはり世界に通用する会社の社長をやっている 事だけあって、そのレベルは違う。 「おいで・・・」 契約により渡される必要最低限の荷物を、青年はリョーマから 取ってスタスタと歩き出した。 慌ててリョーマはその後を追う。廊下を進んだ先に現れた階段を 登り、いくつもある部屋のひとつのドアを開けた。 「此処がキミの部屋になるから、好きなように使っていいよ」 その部屋の隅に先程の荷物を置く。 部屋は広かった。これなら一般人の家が建てられるのではと 思ったくらいだ。小さなキッチンまで付いているのだからすごい。 「仕事は1週間後からでいいからね」 はい、コレがこの部屋の鍵、と鍵を渡される。 「・・・え、何でですか?」 今までの経験上、その家に入った瞬間から仕事は始まっていた。 「いくらなんでも、初めて来たばかりの人に仕事は任せられないよ。 屋敷内を把握して、此処でのやり方に慣れてからでないとね。 それまでゆっくりしていていいから」 「・・・で、でも・・・」 その意見はそうかもしれないが、リョーマは納得がいかなかった。 しかし。 「今のキミの主人は僕だよ」 「・・・あ・・・・・・・・・」 思い出したようにリョーマの言葉から言葉が漏れた。 「絶対の主従、だったよね・・・」 主人に仕える者の決まり。それは逆らえない事を意味する。 「これからよろしくね、リョーマ」 にっこり微笑んだ青年――――不二周助はそう言った。 |