「心配・・・してくれるのはありがたいのですが」

 ツェンは周りをきょろきょろと見た。自分に対する不信感たっぷりの視線と、何度も何度もぶつかった。ああ、自分の話していることは、他人にはわからない言語なのだ。

 彼はラライーナの言葉ではなく、一般の言葉で上空に向かって呼びかけた。

「やめてください、ユーリア。心配されるのはありがたいのですが、あなたがここに来ては町の人を怖がらせてしまう」

 ユーリアが驚いたように首を引っ込める。ラライーナの言葉を使わないのに疑問を感じたのだろう。でも、彼女は全ての言葉を理解するドラゴン、何を話しているかはわかっている。おそらく、それがツェンにとってどういうことを意味しているのかもわかっているだろう。

「私は、これ以上皆さんとの関係を悪化させたくない。普通に接して、仲良くしたいのです。でも、勘違いしないでほしい。あなたが必要でないわけなど全くないのだから」

 伝わっているだろうか、届いているだろうか。言葉で、大勢の人にこれを伝えるのはとてつもなく難しかった。ユーリアは上空で首を傾げる。

「あなたは、森の方にいて下さい。今だけ、お願いします」

 ツェンは、必死で訴えかけた。と、ドラゴンから返ってきた答えは、彼には予想だに出来ないものだった。

「じゃあ、怖がらせなければいいのね?」

「えっ?」

 思わずラライーナの言葉に戻って訊き返してしまったその時、ユーリアの深い青の体が突然輝きだした。あまりにもそれは眩しくて、ツェンもオセアンも町の人達もアカデミーの学生も思わず目を覆う。低く空を飛んでいたフローライトも思わず槍を取り落としそうになって、慌てて体勢を整えた。薄く目を開けてみると、ドラゴンの大きな体の影がだんだんと小さくなっていくのがわかった。

 やがて光が収束していき、影は小さな形となっていった。皆は目を開けると得体の知れないものが浮いていると言って、口々にあれは何だと言い合う。その影がくるりと優雅に回転し、驚きすぎて訳がわからなくなったパートナーの前に軽々と降り立った。信じられないことに、それは幼い少女の姿をしている。ひらりと風に舞う服は輝くドラゴンのウロコのようだ。

「これなら皆と話せるでしょう?」

 大きなドラゴンの姿は跡形もなく消えていた。その代わりに、ユーリアの体の色と同じ深い青の髪を持ち、同じ深い青の瞳の色の幼い少女がそこに立ってツェンを見上げていた。彼は今しがた見た信じられない光景を思い返し、目の前にいる子は紛れもない自分のパートナーであることを改めて理解した。

「ヒュムノドラゴン・・・?」

 思わず口をついて出てきた言葉は自分の体の回りを駆け回って、ユーリアの体の中に吸い込まれていく。

「そうなの。便利でしょう?少しウロコが顔に残るけど」

「でも、どうしてそれを・・・教えてくれなかったのですか?その・・・」

 その、パートナーの自分にさえも。彼女はそれを彼の表情から読み取ったのだろう、少し申し訳なさそうに笑って可愛らしい足取りでこちらへ歩いてきた。

「あたしの体が大きくなるまでは危ないじゃない。ドラゴンの体で捕まえられて売られでもしたらあなたも困るでしょう。それに・・・」

 ユーリアは、近くにいる幼い少年と母をちらりと見た。

「知られていなかったからこういう時に便利」

 憐れな少年はその視線にびくりと震え、母の体へと回している腕に一層力を入れる。ツェンが親子に1歩近づくと、彼が大声を上げた。

「ち・・・近づくな!」

 だが、ラライーナは静かに首を振って少し微笑み、ゆっくりと彼らの方へと歩く。怯えた顔と高さが同じになるように、固められた港の土の上に跪いた。

「何だよ!お前なんか怖くないぞ!」

「わかっています、あなたは勇ましい。ただ、私はあなたにこれだけは覚えておいてほしい」

 周りの音は止まっていた。喋る者はひそひそと音を外側の者に伝え、まるで波のさざめきのように感じる。ただひとつ、フローライトの羽ばたきだけがそこに響いていて、海の上の鳥のようだ。ツェンはその中で、優しい口調で語った。

「噂ではなく、直接その目で見たこと、直接その耳で聞いたことを信じてください。他人に対して与えた物は、あなた自身が為したことは、いつかあなたに全て戻ってきます」

 そこで、幼い少年は相手の右手に何が握られているかを知った。その手を開いて見せたのは、布に巻かれた何か。ラライーナが布をほどくと、自分の投げた小石がそこにあった。少年は目を見開いてそれを見つめ、今度は顔を上げて彼の顔を見る。怒るわけでも、悲しんでいるわけでもない穏やかな表情。

「復讐は悲しみしか生みません。サントゥール王もそうでした。でも、あなたの目はとても純粋で綺麗です。ああ、泣かないで下さいよ・・・私の名はツェン=リーベル、私達のことはラライーナと呼んで下さい。意味は“ドラゴンの里ラライの地から来た者”です」

 ツェンは、右手の小石を再び布に包んで幼い少年に差し出した。半泣きの少年は震える手でそれを受け取り、目に涙をためてこくりと大きく頷く。

「・・・ありがとう、ございます」

 母親が、礼を言った彼に向かって頭を下げた。膝を払って立ち上がり、ユーリアの方を向く。1人の飛天族が地上に降りてくるのが見えた。槍を持っている。

「フローライトさん、ですか?」

 飛天族は自分を呼んだ彼とヒュムノドラゴンを交互に見てから首を傾げて微笑んだ。

「ええ、そうですよ。槍は余計だったみたいですねぇ」

「あたしを傷つけるつもりだったの?」

「すみません、でも万が一の時のことも考えてしまったもんでして」

 彼女はにやりと笑ってフローライトを見上げた。ユーリアがそんな表情をすることにツェンは少し驚いて、何処で覚えたのだろうと思った。

「時にそこの・・・ユーリアちゃん?最近海から魔石がよく上がってくるんですけど、その石の色が貴女の体の色・・・失礼、髪の色に非常に似ているんですよ。もしかしたら見当違いかもしれませんが、何か知りません?」

 フローライトはまた反対方向に首を傾げて言った。彼女は少し驚いたらしく、よく訳がわかっていないツェンの顔を見上げる。それはどこかいたずらをした後の子供のようだった。

「よく気付いたわね、フローライト。犯人はあたし」

「は・・・犯人?」

 彼は口をぽかんと開けたままユーリアを見つめた。そういえば、昨日彼女から海の香りがしたっけ。それよりもっと前にも同じ香りをかいだっけ。

「まさか・・・そういえば、以前からあなたはよく海の方へ行っていたようでしたが」

「怒らないで、ツェン。楽しかったのよ、波に息を吹きかけたらキラキラに固まって沈んでいくんだもの。水はしょっぱいけど、砂の上にキラキラが落ちて綺麗だったの。あたし達が住んでる森でも綺麗なものは沢山あるけど、あれは海でしか見られないの」

 それを聞いて、思わずツェンは吹き出した。フローライトがなるほどと納得のいった顔をして、オセアンはふうんと唸る。何処か怒られる寸前のような表情だったユーリアもそんな彼らの態度を見て少しだけ笑って、まだそこにいたあの親子に近づいていった。1歩後ずさった少年に向かって、手を差し出す。

「ねえ、さっきの石、貸して?」

「う、うん・・・」

 おどおどしながら手に握っていた小石を、幼い少年は彼女に差し出した。そして、皆の見ている前で彼女は再び自身から強い光を放ち、周囲の人々に場所を空けさせてドラゴンへと戻る。小石は地面に置かれていた。

 ユーリアは、そのまま小石に向かって優しく息を吹きかけた。

「あっ・・・」

 少年は、その小石が徐々に透明度を増してキラキラと輝き出すのを見た。彼女は長い呼吸が終わると再び幼い少女の姿に戻り、地面の小石を拾い上げて少年に差し出した。

「ツェンに言われたこと、忘れないでね。あたしの名前はユーリア、あなたの名前は?」

 幼い少年は夢見心地でそれを受け取り、太陽の光にかざして見た。透き通った深い青の光が反射してキラキラと光っている。

「ありがとう・・・僕は、カロン」

「うん」

 ユーリアはにっこり笑って、再びドラゴンに戻った。毎回光を浴びせられて周囲の人々は目を潰されるような気がしたが、それでも彼らは可愛らしい姿になるヒュムノドラゴンに好意を抱き始めていた。ツェンは彼女の傍に行って、その太い首を撫でる。

 人々は再び、動き出した。何処かでまた音楽が始まって、若いアカデミー生のはしゃぎ声があちこちに飛び交う。オセアンがさて、と大きな声で言った。

「ツェン、だったよな。ルイからとっくに用事は手紙で聞いてるんだ、使い走りお疲れさん。あいつ、魚が食いたいて言っててなあ・・・とりあえず、港の方まで来るか?」

「あ、ええ。そうしようと思っていました」

 それじゃあ決まりだ、と大声で言って、オセアンは大きく体を伸ばす。ツェンはずっとユーリアの首を撫でていた。と、彼女はその大きな頭を彼の頬にすり寄せてくる。くすぐったくて愛しくて、思いっきりその首を抱きしめてやった。

「ユーリア」

 名を呼びながら朗らかに笑う彼を見て、フローライトはまた首を傾げながらオセアンに向かって言う。

「私も同行していいですかねぇ?」

「おう、一緒に来い!あんたも魚を持って帰れ、ついでに魔石もやるよ!」

 彼らが、歩き出す。ユーリアはまた幼い少女の姿になって、ツェンの後を小走りでついて行こうとした。彼は彼女を抱き上げて、自分の肩に座らせてオセアンとフローライトの後を追う。

 肩の上で、ユーリアが歌い始めた。空は何処までも青く、雲ひとつない快晴である。







FIN.







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