ただ、少しばかり太りたかった。

あの時、憧れの人の前でレイに侮辱されたときから、わたくしは己を磨き上げることにした。いつかきっと、いつでもいいから、振り向いてもらえるように。

本当にやせすぎだってこと気にしてたのかって?当たり前じゃないの。ただ・・・彼には、もう大切な人はいるんだってことに、わたくしは今更気が付いた。





「全く・・・今更言われたって遅いですわ」

わたくしは、目の前にかかる自分自身のウェーブのかかった長い銀髪を、いかにも上品だと思う様に掻き揚げる。レイは、私に向かってこう言った。

「本当にごめん、マリアンヌ。あの時は言い過ぎちゃった」

ふう、とため息をついて、わたくしは申し訳なさそうなレイの顔を眺める。そして、言いだしっぺの彼女に言う。

「ではあなたは、リアにも謝りましたの?」

「・・・まあね、アタシみんなにひどいこと言っちゃったし」

思っていたとおりの反応だ。レイは、さらに続ける。

「あ、でもマリアンヌ、あんた本当に5〜6キロばかり太った方がいいよ。今は・・・なんか不健康に見えちゃうじゃない?」

「・・・んん、そのとおりかもしれませんわね」

レイは、わたくしの数少ない友人の1人。口達者で、でもわたくしにとってはいい人。こんな貴族の偉そうな娘に声をかけてくれたんですもの。アカデミー入学のときの、私に対するあの態度は今でもはっきりと覚えている。彼女はあの時笑顔でわたくしにこう言った。

『あんた、もしかして貴族?うわー、いかにも賢そうっていう感じでいいなあ!しかも髪の毛、すっごく綺麗!人形みたーい!いいなあ!あ、アタシ、レイっていうんだ、よろしく!』

それが、わたくしにとってはとても嬉しかった。ただでさえ、わたくしは“気取っていて近寄りがたい貴族の娘オーラ”を周囲に迷惑なほど振りまいていた。要は、わたくしに普通に接してくれる人間なぞ、ここにはいなかった。少なくとも、レイ以外は。

そして、今の目の前のレイはまだ太り計画のことを熱心に語っている。馬鹿だ、この子。そんなところが好きなんだけど。

と、マークしている人たちが教室に入ってくる。あの人と、ドラゴンの赤ちゃんと思われる生き物を連れた赤毛の女。クラス中の女子生徒が、彼のいる方へ一斉に注目する。するとレイが、女子生徒たちに聞こえないように小さく呟く。

「ルイ=ラッシュルだわ・・・何であんなにモテるのかアタシよくわかんないけど。そんなにタイプじゃないし」

・・・そりゃ、あんたとわたくしの性格が正反対なのだから、当然好みは違ってよ。

彼は、最近赤毛の女・ミーナ=アルフィーの連れている小さなドラゴンと喋ることが出来るのだという事が発覚した。羨ましいな、と思う。そして一層憧れは募る。大多数の他のファン達も思っているに違いない。

・・・彼は、最初は全くわたくしの好みなんかじゃなかった。





前に、わたくしは男子生徒に色々と嫌がらせのようなことをされていたことがある。ちょうどあの時は放課後で誰も教室にいなくて、わたくし自身で言うのもなんだけど自慢の髪を何本も何本も切られたり抜かれて泣いていたっけ。

そのときに、彼が助けてくれた。鋭い目つきで、わたくしに構っていた男子生徒を睨みつけている。言った言葉も、ちゃんと覚えている。

『お前ら、自分も同じ目に遭ってみたいか?その痛みを教えてやろうか、俺が?』

1人の男子生徒が、彼に向かってこう言いながら掴みかかろうとする。

『あぁ?お前さ、自分がちょっと人気あるからって調子に乗ってんじゃねえぞ』

が、何故か集まってきていた、というか彼について来ていた彼のファンの女子生徒15、6人が一斉にその男子生徒を睨みつけ、言った本人は掴みかかるのをやめて黙り込んでしまった。それから、助けてくれた彼はわたくしに向き直って言った。

『俺が味方だから、心配すんなよ。その髪も元に戻してやるから』





全く、なんていい人なのかと思った。正義感溢れる人。偉そうな貴族のわたくしに、普通に話しかけてくれる。実際、彼のファンは、わたくしみたいに助けてもらったことがあるらしくて。わたくしは、そのことがあってから何回も彼と話をしたことがある。

・・・まあそう考えてみると、彼がモテるのも分からなくもないわね。

教授が来たので、レイは自分の席につく。わたくしは教科書を出して、頬杖をつく。

ドラゴンとの会話ねえ・・・一度、どんなものか聞いてみようかしら。ついでに、わたくしがもう少しばかり太った方がいいのかどうかも、聞いてみようかしら。





「やっぱ、学年トップは伊達じゃないな。ミーナとは大違い」

珍しく、わたくしは彼から話しかけられた。しかも、赤毛の女との比較級。伊達じゃないのは、今日の実践授業の時のわたくしの優秀な対応のことを指している。

「・・・そんなことないですわ。わたくしなんてまだまだ、上には上がおりますわ」

「たしかに、ひと夏前のシリード先輩なんてすごかったもんなあ」

アン=シリード先輩。コスプレ好きで少し変わっているけれど、このわたくしにとても優しくしてくれたその女の人は今、わたくしの目指しているラ・レファンス魔法研究所という場所にいる。わたくしは、気になっていたあのことを聞いてみることにした。

「それはそうと、ドラゴンと会話をするってどんな感じですの?」

彼は、少し考えてからこう言う。

「うーん、別に普通に話しているのと同じ。ただ、ミーナは何喋ってるのか分かんないってさ」

「・・・ふうん、そうなんですのね」

普通に喋っているのと同じなのか。なるほど。わたくしは赤毛の女の名前を頭の中でスルーして、彼の言ったことを反芻する。当の彼は近くの空いた席に座り、頬杖をついて悩み事のように喋る。

「でもさ、俺・・・ドラゴン使い、って知ってるか?あれの子孫かもしれないらしい。親は2人とも瞳の色は俺とぜんぜん違うし・・・」

わたくしは、彼の周囲に流れ始めた重い空気を払うように、慌てて言った。

「あ、で、でも、ルイ様は・・・瞳の色なぞ関係ないぐらいに、なんて言うか、こう・・・とても、いい方ですので・・・」

すると、彼はふっと笑顔になってわたくしに礼を言う。そう、とても魅力的に。

「・・・ありがとう」

そのときだった。アカデミーの非常用魔法ベルが、もの凄い音でガンガン鳴り出したのは。







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