春の気候とバカップルと


 えらく周囲の視線が集まっている事に居心地の悪さを感じつつ、桃は廊下を歩いていた。原因は分かり切っている。額に貼ってある大きめの絆創膏の所為だろう。
 バランスを崩しやすい所に置いていた所為で、時計が寝ている桃の額をそれは見事に直撃して、ジンジンとする額の痛みに、目尻に涙を溜めつつ目を覚ましたのは今朝の事である。
 すぐさま鏡で確認したら額の丁度真ん中辺りが真っ赤に腫れていた。取り敢えず、腫れた部分に薄く薬を塗り、大き目の絆創膏を貼って出てきたのだが、道で行き交う人全てが振り向いて、好奇の視線を送ってくるのだ。居心地が悪すぎる。


「……そんなに目立つかなぁ…コレ」


 前髪に隠れて殆ど見えないだろうと思っていたのだが、どうやらそうではないらしい。額に貼った絆創膏に指で触れつつ、呟く。


「…雛ちゃん?」


 かけられた声に振り向いた先には十番隊の美人副隊長の姿がある。時間的に見て、詰所に出勤する途中なのだろう。


「お早う御座います、乱菊さん」
「おはよう。…どうしたの? その額」
「あ−……やっぱり目立ちますか?」
「意外と」


 桃の問いに乱菊がコックリと頷いた。


「だからさっきから注目集めてたのか…」
「そうでしょうね」


 ニッコリと笑って、乱菊がその言葉を肯定する。


「で、どうしたの?」
「実は……机の上に置いてた時計が落ちてきちゃって……」
「あら、それはまた…」


 再度尋ねられた質問に、困ったように笑いながら桃が答える。


「まだジンジンとするんじゃない?」
「そうなんです。取り敢えず、薬は塗ったんですけど…痛みがなくなるのにはもうしばらく掛かりそうなんですよ−」
「あらあら」


 乱菊が痛ましげに眉間にシワを寄せた。


「おい、松本」
「隊長?」
「日番谷君」


 離れた所からかかった声に、乱菊と桃が相手の名を呼んで視線を向けた。向けた先には勿論の事、声の主である日番谷が立っている。


「何油売ってんだ? もうすぐ始まるぞ」
「もうそんな時間ですか?」
「あぁ―――――って雛森?」
「何?」
「その額はどうした」


 桃の額を指差して、日番谷が問う。


「あ−…うん。ちょっと」
「ちょっとじゃねぇ。見せろ」


 命令の形で言い切って、日番谷が桃の前髪を上げた。白い大き目の絆創膏が日番谷の目の前に露になる。
 常から寄せられている眉間のシワが更に増える。


「何かぶつけたな」


 絆創膏の上から見ただけで、原因をピタッと当てる。図星ど真ん中を突かれて、桃が苦笑した。


「よく分かったね」
「お前が額に怪我する場合は何かぶつける以外にねぇだろ」
「……他の方法もあるかも知れないよ?」
「例えば?」
「………………」
「ほら見ろ、思いつかねぇんだろ」


 キッパリ言い切られて、桃が眉間にシワを寄せた。む−っと低く唸る。


「何か悔しい」
「付き合いが長いんだ。嫌でもわかるだろ−が」


 いつもより低い声でポツリと呟いた桃に、日番谷が苦笑する。


「…絆創膏の上からじゃわかんねぇな。雛森、絆創膏剥ぐぞ」
「え…」


 言うが早いか、桃の返事を聞く前に日番谷は貼ってあった絆創膏を勢い良く剥いだ。
 絆創膏の下に隠れていた額は薬のお陰で多少は腫れが引いていた物の、まだ赤く、少々腫れている。


「腫れてんな」


 額を見て、日番谷がポツリと呟いた。
 そして、その後に行った行動はある意味予想外だった――と言うより、日番谷がやるとは誰も思っていなかった行動に出た。



 チュ。



 ふわりと桃の額に暖かい物が触れた。軽く触れて、すぐさま離れていく。
 珍しい光景を目にしてしまった人々と、場の空気が見事にピキッと言う音を立てて、凍った。が、注目の的になっている当の本人達は結構飄々としている。


「取り敢えず、消毒な」
「…薬塗ってたのに良かったの?」
「別に?」
「ふ−ん…?」
「あ、でも口直しに」


 日番谷の唇が今度は額ではなく、桃の唇に軽く触れる。額では動じなかった桃も流石に真っ赤になった。


「何するの!?」
「口直しだろ」
「馬鹿ぁ!!」


 二回続いた行動の後では、どれだけ片方が本気で怒って――実際には困っていたのだが――いても、その言い争いも単なるバカップルにしか見えず。相変らず凍ったままの面々に気付く事無く、原因達はその場を後にしたのである。



 後の話だが、ポカポカと陽気な春の気候は人の頭を沸かすのだろうかと、今日ほど疑問に感じた日はない、と瀞霊廷の死神達が後日、口を揃えて言った。
 取り敢えず、今日も瀞霊廷の目の毒――もといバカップルはバカップルぶりを惜しみなく発揮している。


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